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自由とは何か:監視社会と「個人」の消滅

Person and its Liberty in the Information Age

ちくま新書、筑摩書房、2007年、700円+税

各人の行為が膨大なデータとして蓄積され、それを元にして嗜好に合致した商品があらかじめ準備される社会。あるいは個々人の生命と安全を守るために、あらゆる危険が個人の選択や行為に先立って除去されていく世界。情報技術の発展によって実現しつつある「快適で安全な監視社会」は何をもたらすのか。「自由」をめぐる古典的な議論から再度、責任・主体との関係を考え直す。

情報化に伴う監視技術と情報処理技術の進歩によって、我々を操作の対象とする科学は果てしなく強化されることになった。我々の行動を監視し、記録し、分析し、先取りすることによって、それは何かを予防したり、あるいはむしろ積極的に提供しようとする。……それが現在のように強化されたとき、はたして我々が決定しうる自由な領域なるものがまだ残っているのかどうか……だが、これに対する「揺り戻し」として……我々を「個人」という能動的な主体から操作の客体へと解体していく力に対して抵抗を呼びかける言説は勇ましいが、決定的な有効性を欠いている。それは、監視のシステムの提供するものが便利であり快適であり親切であり安全であるという事態への認識を、それらの批判者が持っていないからではないだろうか。

目次

はじめに—いま「自由な個人」を問う意味
第一章 規則と自由
  1 「個人」の自己決定と法・政治
  2 自由への障害
  3 二つの自由—バーリンの自由論
  4 交錯する自由

第二章 監視と自由
  1 見ることの権力
  2 強化される監視
  3 ヨハネスブルク・自衛・監視
  4 監視と統計と先取り
  5 監視・配慮・権力
  6 「配慮」の意味
  7 衝突する人権?
  8 事前の規制・事後の規制
  9 規制手段とその特質

第三章 責任と自由
  1 刑法における責任と自由
  2 自己決定のメカニズム
  3 責任のための闘争—刑法40条削除問題
  4 主体と責任
おわりに—「自由な個人」のために