Q&A about Copyright in Japanese Law / 大屋雄裕@東京大学大学院 法学政治学研究科
各種のメイリングリストなどでの議論に際して出た疑問などに対し、筆者が答えた記録をもとに構成したQ&Aです。一応、
- 著作権に関する基礎知識
- ソフトウェアの問題
- 同人誌の問題
- 外国語資料の翻訳の問題
- ブックガイド
- 参考文献リスト
を主要なテーマとしています。
ただし、筆者の専攻は「法哲学」という基礎法学の一分野であり、著作権法(を含む無体財産権法)は畑違いです。一応基本的な法学の知識はありますので、それほど間違ったことは書いていないつもりですが、より詳細・正確な知識が必要な方はブックガイドに掲げた文献などを読んで自分で勉強してください。
感想・さらなる質問などのメイルはありがたく読ませて頂きますが、ご返事は保証いたしません。この文書はまだ未完成ですし、今後改良していく意図もありますので、反応はおおいに歓迎いたします。
なお、本文書を信頼して行動した結果に対し、筆者はいかなる責任にも任じません。実際に著作権に関連した事業なり行動なりをお考えの場合は、専門の弁護士さんにご相談頂くのがよろしいかと存じます。
「著作権」とは何ですか?
「著作物」に対して、「著作者」が得る権利を総称したものです。
広義の(我々が普段使っている意味の)「著作権」は、様々な権利からなっています。まず、大きく「著作者人格権」と「著作権」に分けられます(17条1項)が、いずれも複数の権利の集合に名前を付けたものです。
このうち「著作者人格権」は「公表権」(18条1項)「氏名表示権」(19条1項)「同一性保持権」(20条1項)の集合であり、名称からも明らかな通り財産権ではなく人格権に属します(こういう分類に意味があれば)。
また、「著作権」は「複製権」「上映権及び演奏権」「貸与権」等々に分かれますが(21条から28条)、基本的には著作物を利用する権利のことを指します。一般的には利用によって収益が生じますから、この意味での著作権は財産権の一種であると言えます。
どのようなものが「著作権」の対象になるのですか?
「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(2条1項1号)と規定されています。しかし、これは著作物には
- 創作性
- 五感によって認識できる性質
が必要であるという意味で、例えばRPGは条文に明記されていないから著作物にならないという意味ではありません(制限的列挙ではなく、例示——10条1項)。
では、「著作物」にならないものは?
反対解釈から、以下のようなものは著作物として認められないことになります。
- 五感によって認識できないもの
- 表現になっていない段階のアイディアや発想は、著作権によっては保護されません。
- 創作性のないもの
- 例えば「事実の伝達に過ぎない雑報及び時事の報道」(10条2項)です。しかし、雑報から価値ある情報を引き出したり、価値判断を加えたものはその段階で創作性が発生するわけですから、著作物になります(ですから、新聞記事は概ね著作物です)。
この他、特別に規定が置かれているものに「憲法その他の法令」などがあります(13条)。これは創作性がないと言うより、法に関する知識は民主主義体制を支える要素として公開されなくてはならないという理念に基くものと考えるほうが良いでしょう。
著作権の効果に例外はないのですか?
著作権は特定の公益(教科書利用、点字複製、引用など)のために制限できることが、30条から47条の2までに規定されています。
しかしながらこの例外の効果は著作者人格権に及びませんので、たとえ教科書に利用するためでも著作者の名前を表示しなかったり、勝手に改変したりすれば著作者人格権の侵害になります。
著作権は人にあげたり売ったりできるのですか?
狭義の「著作権」に関しては、61条1項が「著作権は、その全部又は一部を譲渡することができる。」と規定しています。
著作者人格権については、59条に「著作者人格権は、著作者の一身に専属し、譲渡することができない。」と定められているため、譲渡できません。有償でも無償でも同じです。
「いらない」と言ってはいけないのですか?
著作権は放棄しても構いません。一般に、自由に処分できる財産権は(第三者の権利を損なわない限り)自由に放棄することができるからです。
一方著作者人格権は、明らかに通常の財産権ではありません。法の一般理論として譲渡不能なものが放棄できると考えるのは難しいことから、「日本法では著作者人格権の放棄はできない」というのが通説のようです。
ソフトウェアにも著作権はあるのですか?
このソフトは私がプログラムを書きました。私の著作物ですよね?
必ずしもそうは言えません。
日本ではpublic domainなソフトウェアは作れないと聞きました。本当ですか?
「フリーウェア」などはどう扱われるのですか?
改変を禁止している「フリーウェア」は、著作権を放棄しているというより「無償で利用・複製を許可している」のでしょう。この場合問題になるのは「複製権」(複製*する*権利)であり、著作者が「自分で複製する権利」を放棄しているとは思えないからです。
改変を許可している「フリーウェア」の場合、著作者人格権の一種である「同一性保持権」(著作者の意に反する改変を受けない権利)に関しても、あらかじめあらゆる改変について同意を表明していると考えるべきです。
できるだけpublic domainに近い条件で公開したいのですが、どうしたら良いでしょう?
だいたいこんな感じで良いと思いますが……
- 「あらゆる複製」を無条件で許可する。
- 「あらゆる改変」について無条件に同意しておく。
- 氏名表示に関し、適当な条件を付ける(「表示してもしなくても可」「表示不可」「●●と表示せよ」など)。
- 以上の条件を明示した文書とともに公表する。
1)は「著作権」に、2)3)4)は「著作者人格権」に関わります。何でしたら、「この公開条件を変更する意志はない」という文を添えておいても良いでしょう。後であなたが「やっぱりダメ」と言い出して公開条件を変更し、誰かを訴えても、きっと相手から「信義則違反」による公開条件変更の無効を主張してくれます。
なぜアメリカで可能なことが日本ではできないのでしょう?
まず、「アメリカでは可能」というのが本当かどうか分かりません。通常「アメリカ法」と呼ばれているものは、連邦法と各州の法律からなる複合体ですから、常にどの州法かあるいはどの連邦法かを問題にする必要があります。
次に、アメリカと日本とは別の国であり、しかも法律的な伝統がまったく異なっていますから、できること・できないことが食い違っているのは不思議でも何でもありません。
「同人誌は個人の趣味の範囲内だから著作権は関係ない」のではないですか?
いいえ。
あくまで理論上ではありますが、この世のすべての事柄は法律の適用対象です。法律が自ら例外を規定している場合に限って、適用が差し控えられるだけです。従って、著作権についても特定の場合以外は法的問題を考えなくてはなりません。
その「特定の場合」に同人誌は入りませんか?
著作権法30条は「私的使用」の例外を定めています。しかし、その定義は「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」なので、一般的な同人誌即売会で販売する場合、
- そのような「限られた範囲」とは到底認められない(相手方は不特定多数)
- 「頒布」(有償・無償を問わず複製物を公衆に譲渡・貸与すること)であって、30条(及び43条1号)の許可する「複製」「翻訳、編曲、変形又は翻案」ではない
ことから、私的使用であるという主張は不可能です。従って、通常の著作権法の適用を受けることになるでしょう。
「多数」というほど売れていません(笑)。
確かに、どの程度から「多数」になるかは難しい問題で、具体的なケースによるとしか答えられませんが、このような場合の「不特定多数」は「不特定」または「多数」のことなので、やはり該当します。
「販売」ではなく「領布」であれば大丈夫という話を聞きました。
そんな日本語はありません。おそらく「頒布」(はんぷ)の間違いでしょう。
では「頒布」と書けば良いのですか?
いいえ。名目がどのように表記されていようと法的には常に実質が判断されます。そして、現在一般的な同人誌の流通形態はどう見ても実質的に「売買」であるとしか判断されないでしょう。
また、そもそも著作権法において著作者しか行なえない行為が「頒布」(有償・無償を問わず複製物を公衆に譲渡・貸与すること)ですから、「頒布と書けばOK」なわけがありません。
著作権的に問題ない「本編」を販売し、若干問題のある「別冊」を本編購入者に限っておまけに付けています。これなら「特定」「少数」だからオッケーですよね。
いいえ。実質的にその「別冊」とセットで販売していると判断されれば違法になります。
法律の世界では常に、「実態」と「形式」の双方が問題になります。そして、実態がありながら形式が整っていない場合も、形式だけが整っていて実態がない場合も、その効果はないものと判断されます。
たとえ形式的に雇用契約だとしても、実質において人間を奴隷にするような行為は決して認められません。それと同じことです。
では、どうしたら良いのでしょう?
いくつかの選択肢はありますが、まず「頒布価格」と表記してみるとか「おまけ」と言ってみるとかいう小細工はやめましょう。無駄ですから。それでも書きたいと言うなら止めはしませんけど。まして「領布価格」とか書くのは恥ずかしいのでやめてください。
第一は、誰がどう考えても著作権的な問題の起きないものを書くことです。……あまり対策になってない? 私もそう思います。ただ、できるならそうするのが、絶対に安全ですね。
第二は、著作権法上の合法性を主張することです。細かくは以下でいくつかのパターンに分けて説明します。
創作系の漫画を書いています。大丈夫ですか?
登場人物・背景世界・ストーリーなど作品を構成する要素がすべて作者本人の創作によるものであれば、何の問題もなく著作権は成立します。商業的な流通を通しているかというのは、著作権の問題には何の関係もないことです。
(そもそも法律の目から見れば、東販日販だろうが地方小出版流通センターだろうが同人誌即売会だろうが所詮はすべて民法上の契約です。)
マッドテープを作っているのですが。
逆に、替歌・マッドテープ・切り貼り漫画など、既存の表現の合成による創作の場合は厳しくなります。著作権法上「具体的な表現」が保護されるのは明白なので、あとは正当な「引用」の範囲内であることを主張するか、パロディが持つ創作物としての独自の価値を主張することで、憲法上の表現の自由が著作権に優越すると主張するくらいでしょうか。
後者の場合、わざわざ他者の権利を侵害してまで達成しなくてはならない表現の自由というのがあり得るのか、あるとしてそれに該当するのかが厳しく問われることにはなるでしょう。
アニパロを書いているのですが……
アニメ・漫画のキャラクターの登場する作品ですね。一般的な同人誌の多くはこれなのでしょうが、これについては難しい問題が多いので詳しく説明しましょう。(以下、元にされる作品を「既存作品」と呼びます。)
まず「アニパロ」とは何かを分析すると、
- 登場人物の設定は既存作品のものを利用しているが、独自に新たな表現をしている。
- 背景世界の設定は既存作品のものを利用しているが、独自に新たな表現をしている。
- ストーリーは完全に独自のものであるか、既存作品の「表現されていない部分」を表現しようとしているものである。
と言えるでしょう。要約すれば、既存作品の世界観を利用しつつも具体的な表現は独自になされた創作であるということになるでしょう。そこで、アニパロの可否を考えるためには著作権の保護範囲(何を保護しているのか)を問わなくてはなりません。
まず、著作権法上「具体的な表現」が保護されるのは明らかなところです。従って、アニメの個々のシーンや漫画の個々の絵は文句なく保護対象であり、例えば漫画の特定の絵をトレスしたり、コピーして利用すれば(引用として認められなければ)違法になります。
ところが「アニパロ」の場合、普通はそうではありません。引用されているのはあるキャラクターの特徴や性格、氏名であり、具体的な表現としての「絵」ではありません。多くのアニパロ作品においては、引用されたキャラクターは独自の画風で、新たなストーリーの中で、表現されるでしょう。この場合、原著作と共通しているのは「キャラクター」性(名前、性格、背景設定、外見の設定など)のみになります。
著作権がこのような意味での「キャラクター」を保護しているかに関しては学説上争いがあり、下級審判例も立場が分かれています。しかも、最高裁の判例はありません。
というわけで、勝負すれば勝てるかもしれません。その程度には正当性を主張する根拠があると思います。……誰か頑張ってみませんか?
海外RPGの文献を翻訳しました。作者の承諾は特に得ていません。構いませんよね?
「私的使用」(30条)の範囲については、例外的に著作権法上の許可を受ける必要がありません。その定義は「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」なので、例えば自分用の資料として作成したが誰にも見せていないとか、普段一緒にキャンペーンをやっている限られた仲間には参考のため配布したとか、その程度なら何の問題もありません。
コンベンションに参加して、自分のテーブルのプレイヤー全員に配布するという行為を繰り返しているとなるとグレーゾーン、そのテーブルに関係ない他の参加者にも配布したりすると完全にアウト、という感じでしょうか。
その翻訳を私に無断で配布されました。詰問したところ、「違法翻訳だから何をしてもいいんだ」と言われました。そうなんですか?
そんなことはありません。
第一に、翻訳した人は翻訳部分について著作権を持っています。この著作権の発生に、原著作者から許可を受けたか受けていないかはまったく関係ありません。
第二に、原著作者に無断でも、翻訳を作成する行為自体は違法ではありません。前の答えで述べたように、私的使用の範囲で使うのなら完全に合法です。
第三に、「法は不法を守護しない」とは言われますが、これは違法行為によって得た(あるいは失った)利益を回復する手助けを裁判所はしないという意味であって、たとえ違法行為によって得たものであれ、人に利益を奪いことが許されて合法になるという意味ではありません。
むしろ逆に、違法行為を非難できるのは被害者のみであり、第三者の勝手な「制裁」など許さないというのが法の理念です。
どの翻訳を公開したいと思います。私の翻訳なのだから、私の自由ですよね?
しかし同時に、元の文献の著作者は著作者人格権の一部として公開権(18条1項)を持っています。これは未公表の著作物を公衆に提供・提示する権利ですが、原著作者の権利は二次的著作物にも及ぶので、原著作者の承諾を得ずに翻訳を公開する行為は原著作者の公開権の侵害に当ります。
メイリングリストで配布しようと思っています。「私的利用」だから大丈夫、という噂を聞きましたが?
著作権法30条の定める「私的使用」の定義は「個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること」なので、MLでの公開は
- そのような「限られた範囲」とは到底認められない
- 「頒布」(有償・無償を問わず複製物を公衆に譲渡・貸与すること)であって、30条(及び43条1号)の許可する「複製」「翻訳、編曲、変形又は翻案」*ではない
という2点から、この例外規定の適用を主張するのは無理のような気がします。従って、著作権者の許可なく翻訳を流通させれば複製権(21条)・頒布権(26条1項)の侵害になります。
* 翻訳を作って自分でにへにへ読んでる分には自由である、ということ。本来、「翻訳を行う権利」そのものが原著作者にしか認められていない。
FTPサーバで公開するのならどうでしょう?
サーバでの公開にとどめておいても、同様に「私的利用」と認められる条件を欠いていますから、同じことです。著作権法の規定は「原則禁止」であり、自由に複製できる場合は特例として規定されていることに注意してください。
では公開にはどういう手続きが必要なんですか?
まず原著作物の著作権者の許可は絶対に必要です。誰が著作権者かというのは、公刊されたサプリメントなら最初の部分に Copyright 表示があると思います。当該著作権者から翻訳権の譲渡または利用許可、及び作成した翻訳の公開の許可を受ける必要があります。次に述べる理由から、日本版出版者への連絡は、日本版を直接利用するのでない限りとりあえず不要と考えられます。
日本の出版社が「版権」を持っているようなのですが?
そのような概念は日本の著作権法にありません。
「版権」としばしば呼ばれているものは法的に確立された概念でも何でもなく、出版業界の人々が「ウチのもんじゃ」という感覚を持っているものに対して適当に主張しているに過ぎません。基礎となる契約が存在している場合もありますが、それがどのようなものであるか、どのような法的効果を持つものかは慎重に検討する必要があります。
日本の出版社が「独占翻訳権」を持っているらしいんですが?
「独占翻訳権」という概念も、著作権法にありません。関連規定を挙げますと、
- 翻訳権(27条): 著作者自身が翻訳を作成する権利。
- 著作権の譲渡(61条1項): 著作権の一部又は全部の譲渡。
- 著作物の利用の許諾(63条1項): 著作物の利用の許諾。
です。「翻訳権」はあくまで原著作者自身に認められるものなので、翻訳の出版者は「日本語に関する翻訳権の譲渡」を受けたか、「日本語翻訳の出版に関する利用の許諾」を受けたかのいずれかであろうと思われます。
後者であれば、規定上「独占」ではありません。無論、原著作者と被許諾者のあいだで「独占ね」という特約を交わすことは自由ですが、その効果は両者のみを拘束するに留まります。
つまり、独占の特約があるにも関わらず原著作者が別に許諾を出してしまったとして、しかしそれは原著作者の被許諾者(1)に対する契約違反を構成するに留まり、被許諾者(2)は一切不法行為を犯していることにならない、ということです。
ですから、このパターンの場合まず原著作者に聞いてみて、向こうが「いいよ」と言えばOKじゃないかな、ということです。
前者(翻訳権譲渡)の場合ですが、著作権の移転は登録しなくては第三者に対抗できないのですが(77条1号)、多分やってないでしょう(面倒だから)。やはり原著作者に聞いてみるのが一番ですが、どうしても気になるなら文化庁に行けば著作権登録原簿の閲覧ができるはずです。
ちなみに 出版権(80条1項) というのもありまして、これは法文上独占権なのですが、
- あくまで「原作のまま……複製する権利」であること(だから翻訳行為には関係ない)
- やはり第三者に対抗するためには登録が必要で、実務上あまり使われていないらしい
という理由から、本件にはあまり関係のないものであるようです。
著作権法を侵害するような文書が流された場合、MLやその管理者が処罰されることはありませんか?
刑事法上の責任についてですね。類似の例として想起されるのは、猥褻なウェブページが国内で開設されていた事例において、開設した本人のみならず当該ウェブページの置かれていたプロバイダの職員(か役員か知らないが)も共犯として書類送検された件です。これは「当該ウェブページに、プロバイダのホームページからリンクを張り、猥褻物の陳列が容易に行われるようにした」ことが猥褻物陳列(刑法175条)の幇助犯とされたものですが、そのリンクというのが単なるアクセス数ランキングだったらしく、幇助——「実行行為以外の行為で正犯の実行行為を容易ならしめること」([前田94], p. 496)——と見做すには無理があるということで書類送検には批判が強かったはずです。「積極的な行為があった」場合でもこのように、即座に争いなく幇助の責任が問われるわけではありません。
そこで本件に戻ると、「著作者人格権、著作権……を侵害した者」(著作権法119条1号)は確かに刑法上の責任を問われますが(3年以下の懲役又は 100万円以下の罰金)、「幇助も教唆同様、共犯行為に故意のある場合に限る」([前田94], p. 498)ことを考えた場合、MLの管理者などが違法行為を積極的に助長した*ならともかく、そうでなければ幇助の作為犯に問われることはないでしょう。
* 「違法文書でも流してOK」と公的に宣言したとか、「公開するなら場所を貸すよ」と申し出たとか、incomingディレクトリが別になっている場合に、事情を知りながら通常のftpディレクトリに移動させたとか。
不作為による幇助は概念としては認められますが、不作為による違法行為が成立するためには、作為義務がまず認められる必要があります。この場合、 MLの管理人などの作為義務違反を問うためにはMLに流れる内容・FTPサーバに置かれる内容が入ってくるたびにその内容をチェックする責任がある、と主張しなくてはなりません。
しかしこれは、一般的に考えて非常に過重な要求であり、プロバイダ(その行為で利益を得ている)ならともかく、ボランティアの管理人に要求することが適当とは思いません。また、ftp資源の提供はともかく、MLに流される投稿を事前チェックしなければならないとすることは、憲法上の言論の自由の保障との兼ね合いも問題になるでしょう。
カラーコピー機でニセ札を刷られたからといって、コンビニの経営者を幇助に問うのは無理があります。「気づきながら制止・通報しなかった」とか、「防止措置(通貨コピーの防止装置の組み込みとか)が容易に取れたにも関わらず措置を講じなかった」とか、注意義務を課すことのできる条件が必要なわけですね。
どうしても心配ならサーバで公開される前に一旦管理人のチェックを通過させるとか、問題のある記事については事後にスプールから削除する等の措置を取れば、「一般的にMLの管理人に要求される注意義務は果たした」と主張できるんじゃないでしょうか。
ちなみに上記119条の罰則は親告罪(被害者の告訴がなければ公訴提起できない)です。しかしながら「ばれなきゃ大丈夫」とか、「どうせ警察も忙しいんだから取り上げやしないって」というのは法学者dark side*からの声なので、耳を貸してはいけません(笑)。
* 2 Player モードとも言う。
ML自体の機能が30条1項に定める「自動複製機器」(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器)にあたる、という考え方はありますが、この場合119条2号の罰則は「営利を目的として……自動複製機器を……使用させた者」に限定されていますから、ボランティアで運営されているMLの管理人の場合は該当しないのが明白です。
では民事的な責任に関してはどうでしょう?
管理人の職務が113条2号の「情を知って頒布し、又は頒布の目的をもって所持する行為」に当たるとするのは無理があるので、独立の不法行為ではなく、頒布者の不法行為に関する幇助の責任を問題にする余地があると思われますが、これも刑事上の責任と同様で、一般的な注意義務さえ果たしておけば問題ないと思います。
ML自体の責任が問われることはありませんか?
法人でもないのに(法人格がないのに)責任を負うことはそもそもできません。
著作権法の条文を参照したいのですが?
「ポケット六法」(有斐閣)・「コンサイス六法」(三省堂)など、概ね1000円程度で手に入る小型の六法では主要条文のみの収録になっています。自分で買うのならこれでも良いと思いますが、全文を参照したい場合には「小六法」(有斐閣)以上の六法全書を図書館で見るのが良いでしょう。また、専門的に勉強するのならば、知的財産権関係の法律のみを収録した六法も出版されていますので、書店で探してみましょう。
国際条約についてはどうしましょう?
各年版の「国際条約集」(有斐閣)や「ベーシック条約集」(東信堂)に収録されています。3000円程度はしますので、図書館で見ると良いのではないでしょうか。
著作権法についてもう少し勉強したいのですが?
以下の書籍はどうでしょうか。
- 中山信弘「マルチメディアと著作権」岩波文庫新赤版126、岩波書店、1996
- 著作権を中心とした知的財産権とマルチメディアの関連を解説した本です。著者は東京大学法学部教授で、無体財産権法の専門家です。法的解釈の側面は折り紙付で、入手もしやすく、良著と言えるでしょう。
- ただし著作の性質上、一般的なソフトウェアの著作権・翻案文化の流れと性質・著作権に関する思想的な運動などに関する説明は最低限ですし、新技術が著作権制度に与えるインパクトよりはそれらの新技術を従来の法制でいかに処理するかに重点が置かれているとも言えます。
- 名和小太郎「サイバースペースの著作権」中公新書1320、中央公論社、1996
- 情報技術の発展を従来の著作権制度がどのように判断してきたかを、主にアメリカの判例を用いて考察している本で、非芸術作品の著作権や機械による著作物の問題なども扱われています。前述の中山氏の著作とはまったく逆に、著作権制度そのものの解説は最小限です。
- 著者は関西大学総合情報学部教授で、企業在籍ののち新潟大学法学部から教職に入られた模様です。ザナドゥやGNUに関しても扱うなど、ソフトウェアや翻案の問題を広く紹介しているのですが、一方著作権法・訴訟法に関して世界的にも非常に特異な国家であるアメリカの概念を不注意に利用している傾向が見受けられ(public domainなど)、法律的側面に関して不満が多い印象です。
ほかに
- 藤原宏高(編)「サイバースペースと法規制」第2章「著作権はどこまで保護されるべきか」日本経済新聞社、1997
- 苗村憲司・小宮山宏之(編著)「マルチメディア社会の著作権」慶應義塾大学出版会、1997
- インターネット弁護士協議会(編著)「ホームページにおける著作権問題」毎日コミュニケーションズ、1997
などの著作も私は買いましたが、あまり読んでいません。
本文書執筆にあたり参考にした文献は以下の通りです(不完全リスト)。
- [前田94] 前田雅英「刑法総論講義」第2版、東京大学出版会、1994。