以下の書評は雑誌『サピオ』に掲載されたものです。
『世紀末ウィーン』(ショースキー著・安井琢磨訳・岩波書店・1983年)

崩壊する自由主義と文化

嶋津 格

 19世紀末から20世紀初頭のウィーンは、今のニューヨークにも似て、魅惑的な都市である。富裕な多民族国家の首都であるとともに世界文化の中心の一つとしてこの都市はそれまで、文化的多様性を統合する価値と理想である自由主義を体現してきた。しかしこの時期にはその理想が、歴史の曲がり角に向けて変転しつつあり、それを各分野にわたって大胆にリードしたのもまた、この都市なのである。問題は、一〇〇年の歳月を経て振り返れば、この方向転換が結果として一種の文化的自殺であり滅びの美学に終わった、という点にある。本書は文学・建築・政治・美術などの分野でこの時代に輩出した指導的人物たちの伝記集といったスタイルを取りながら、全体として、この時代精神の変転を俯瞰させてくれる。原書が書かれたのは一九八〇年だが、今二〇世紀末を迎える時期にこれを読み直す場合、どうしても関心は現代文明の行く末へと向かわざるをえない。それほど当時のウィーンと今の我々の時代が似ているのである。
 今のウィーンの街には、オペラ座をはじめ市庁舎・国会・大学など多数の荘厳な公共建築が並んでいる。しかしこれらは、その各様式が示すほど古い時代のものではなく、一八六〇年代から世紀末までの間政権を握った自由主義的なミドル・クラスが、過去の異なる時代の様式をそれぞれ採用して、王城の城壁が不要になって取り壊された後にできたリングシュトラーセ(環状道路)に沿って、次々と建築したものなのである。ここに体現された態度、つまり、新興の資本家たちが過去の壮麗な貴族的文化を借りて自己表現の手段とした態度は、次の時代に、破壊の対象とされるものなのである。建築家に限っても、古典様式を自由に操って要望に応えたジッテから、徐々に機能的な単純化によって独自の美を表現しようとするヴァーグナーへと、時代は移ってゆく。
 政治の分野でも、取り上げられるのは、異なる方向から普遍主義的な自由主義の崩壊を導いた、三人の政治家たちである。急進的ドイツ民族主義・反ユダヤ主義をを唱えて、ヒトラーの先駆けとなったシェーネラー、旧右翼のイデオロギーを左翼のそれに転化してウィーンの市長となり、自由主義にとどめを刺したキリスト教社会主義のリーダー、ルエーガー、穏健な教養人から出発して、イスラエル建国のアイデアと原動力を生み出したシオニズムの祖ヘルツル、である。
 我々が世紀末ウィーンの名ですぐに思い浮かべるクリムトは、本書内のもっともまとまった伝記として取り上げられる。彼は古典的な壁画の画家として出発しながら、理性の府の理念に真っ正面から反逆する様式と内容を描いた三つの大学天井画によって議会と対立し、隠遁的な時期を経た後、我々の知っている装飾的な画風へといたる。美しい図版が挿入されていて、見ているだけでも楽しい。しかし全時期を通じて彼の絵からは、徹底して社会の側面がそぎ落とされ、合理性への攻撃のために個人の内面、特にそれまで抑圧されてきた性の側面と装飾性が前面に打ち出されるのである。ちなみに、最終章で取り上げられるココシュカにおいては、性は個人の内的経験の真実として、より形式化から離れて生の形で描かれることになった。
 その他、文学におけるホーフマンスタールは、対象として描かれるだけでなく、本書のあちこちでその詩が喚起するイメージが利用されているし、フロイトやシェーンベルクも限定された形ではあるが、登場する。名著である。一読を。

*本稿で触れられたスポットは地図で確認できます。(編集部)