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著者:
根岸毅(ねぎし・たけし)
慶應義塾大学名誉教授・政治学専攻
 
 
出典:
慶應義塾大学通信教育部『三色旗』第573号、1995年12月、18-21ページ。
Copyright (C) 1995 by NEGISHI, Takeshi
 
 
           政治学の学び方
 
 どの分野でも、「学問をする」ということには二つの面があります。一つは研究者個人の問題で、もう一つはその行為の社会にとっての意味です。
 研究者にとって、学問をするということは、知的好奇心を満足させてくれる楽しい行為です。すべての学問を進展させる原動力はこの楽しさです。と同時に、学問は社会に支えられてはじめて存在することができます。社会は、分野によっては積極的に要求を出したり、消極的に容認したりします。前者の場合、社会は、学問の成果がなんらかの問題の解決に役立つことを求めます。この種の分野の例は、医学、法律学、建築学などです。後者の場合、社会はこのような要求をあからさまに出すことはしませんが、まわり回ってはそのような役立ちを期待しているといえるでしょう。
 では、政治学はこのどちらの場合に当てはまるのでしょうか。これは学問の側(研究者)が決めることではなく、社会(一般の人びと)が決めることです。そして、社会通念によれば、政治学は問題解決が求められる型の学問だといえるでしょう。
 人は生きていく上でさまざまな問題に直面します。問題解決型で、そのすべてを一手に引き受けることができる学問は存在しません。そこで、社会の期待に基づいて分業が生まれ、問題解決型の学問それぞれに分担すべき問題が決まっています。医学の分担は人体に発生する問題、建築学は建造物を造ったり、使ったりする際に生まれる問題がそれです。同じく社会の期待にしたがえば、政治学の分担は「国家をめぐって生じる問題」ということができるでしょう。政治とは、国家にかかわる出来事ということになります。
 
 はじめにこの点を長めに論じたのは、政治学と国家の関係をはっきりさせておきたかったからです。じつは、政治学者の間でこの関係について意見が一致していません。政治学は国家に関係があるなしにかかわらず、すべての権力現象を研究すべきだとする人もいます。このような状況が生まれるのは、政治学者の多くが、政治学に対する社会の期待が問題解決型であることを忘れているからです。しかも、政治学を問題解決型と捉えるか捉えないかで、同じ政治学を学ぶといっても、何について学ぶのか、どのようにして学ぶのかが根本的に違ってきます。以下では、上に示した理由から、政治学を問題解決型の学問だとして話を進めます。(詳しくは、根岸他『国家の解剖学』日本評論社・1994年の私が執筆した第2章を参照してください。)
 
 政治学の分担は国家をめぐって生じる問題です。そこで、はじめに「国家とは何か」に答える必要が出て来ます。ところが、一時期、政治学から国家概念が意図して排除されたこともあり、十分納得できる答がみつけにくい状況にあります。たとえば、ウエーバー『職業としての政治』岩波文庫・1980年、ダントレーヴ『国家とは何か』みすず書房・1972年を読んでみてください。私の答は、根岸他『国家の解剖学』の第2章にあります。
 国家とは何かが分かったら、つぎの問題は「国家はなぜ必要か」ということです。その必要がなければ、そもそも政治学の必要もなくなります。これは、古くから大勢の人たちが考えをめぐらせてきた大問題です。たとえば、プラトン『国家』、ホッブズ『レヴァイアサン』、ルソー『社会契約論』、ロック『市民政府論』(いずれも岩波文庫にあります)や、無政府主義者と呼ばれる人たちの著作を読んでみてください。理由付けの違いはあれ、国家が私たちの生活に不可欠のものであることが理解できるでしょう。
 国家は複雑にみえても「人が造ったもの」でしかありません。造ったものであれば、利便を最大に、不便を最小にするように造り、維持し、使うのが得策です。この思考は「国家をデザインする」ことに外なりません。私たちは一般に何かをデザインする場合、そのものがどのような状態になれば望ましいか(目標)を特定し、それを生成させるメカニズムにしたがってそれを実現する計画を立てます。これは国家の場合も同じです。
 
 その目標状態すなわち「国家をデザインする際に検討すべき項目」は、つぎのように整理すると体系的に理解できます。
 国家にはいろいろな面がありますが、政府としての国家は「特定の仕事を実行するために造られた装置」です。その仕事とは「一定範囲の人びとを対象としてルールを設定し、維持する」ことです。その使い手は有権者、その仕事の対象は国民、それを構成する部品は公務員と呼ばれます。
 第一の検討項目は、ルールの設定と維持の仕事を通じて、国民の間にどのような状態を実現するかの問題です。他人から危害を受けないこと、自由と人権、私的所有権・市場機構対計画経済などの問題はここにかかわります。公益の概念は、これらの問題との関連で位置づけられます。政治哲学または政治思想と呼ばれる著作は、このような問題を広く論じてきました。
 第二は、装置に以上の仕事を実行させるための準備の問題です。
 その一は、装置をどう造るか、どう維持管理するかの問題です。単一国家・連邦国家、権力分立、地方分権、直接制・間接制、選挙制度、政党制、公務員制、行政改革、税制などの問題はここにかかわります。たとえば、モンテスキュ『法の精神』は、この項目にかかわる著作として読んでください。
 その二は、装置をどう使うかの問題です。具体的には、どの範囲の人びとを使い手と認めるか、その人びとにどのような使い方を認めるかです。民主主義対独裁、イニシアティヴ・レファレンダム、抵抗権、表現の自由、情報公開制、オンブズマンなどの問題はここにかかわります。
 さらに、装置にそのような仕事を実行させ、そのような造りで存続させ、使い手にそのように使わせるためには、装置の外的環境との関係を都合のよい状態に維持しておく必要があります。これが三番目の問題です。外交と国防、国際情報の収集と軍備、災害対策などの問題がここにかかわります。
 また、国家の強い強制力を活用すれば、特定の仕事の分野から民間の活動主体を排除して国家が独占したり、民間にやらせるにしても規制を被せたりすることができます。これが四番目の問題です。つまり、民間にできることにどこまで、どのような形で政府が介入したらいいのか、それをよしとする根拠は何かが問われます。政府の守備範囲、規制緩和、福祉と平等などの問題がここにかかわります。
 以上の諸項目をひっくるめて、国家をデザインする際の目標状態の研究が理想国家論と呼ばれ、政治哲学者たちの手によって行なわれてきました。また、政治制度論と呼ばれる一連の研究も、政治問題の解決に現に役立っている外国の諸制度を紹介するものですから同趣旨です。ただ、後者が目標の状態を指摘するだけなのに対し、前者はそれがなぜ望ましいかの理由付けを示している点に特徴があります。政治問題の多くは、人びとの間で目標についての意見の一致がみられません。この理由付けは、異なる意見をもつ人を説得する際に役立つものです。
 ハミルトン他『ザ・フェデラリスト』福村出版・1991年は、アメリカ合衆国建国の過程で以上の諸問題を実際的に論じた著作です。一読を勧めます。
 
 すべて事物は、それを生成させるメカニズムに応じてその形を取ります。したがって、国家のデザインを現実のものとするためには、それにかかわるメカニズムを知る必要があります。国家にかかわる出来事にもっとも関連が深いのは、強制のメカニズムでしょう。(参照、根岸他『国家の解剖学』の田中宏による第3章。)また、社会学、社会心理学、文化人類学などには、政治学に必要なメカニズムの知識が蓄積されています。そのようなメカニズムを見出す分析の道具は統計学などから得られます。
 
 政治学の分野はどれも、国家をうまくデザインするために必要な知識と情報の入手に役立ちます。(その役立ち方の違いは当然ありますが。)政治思想史は、デザインの目標についての過去の研究の実態を明らかにします。政治史は、各国の国内政治と国際政治の過去の事例のなかに、デザインの目標とメカニズムを探ろうとします。地域研究と国際政治学は、同じ趣旨の探求を現代の事例を分析することを通して行ないます。政治の出来事に関しては、それを生成させるメカニズムを明確に特定することは概して困難です。このような場合、ある状態の実現を目指してある条件を整備したらうまくいったとか、目論見が外れたということが分かる事例の分析を蓄積することは、それにかかわるメカニズムのより確実な理解につながります。
 
 以上は、政治学で学ぶべき事項の体系的見取り図です。個々の事項について学ぶ際の手引きとなる文献は、上に示したものの他つぎを手掛かりとしてみつけてください。単行本『日本件名図書目録』、論文『雑誌記事索引』、各種の文献案内、辞典・事典、書誌・文献目録など。
 
 
Copyright (C) 1995 by NEGISHI, Takeshi
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《「政治学の学び方」終わり》