B 児童虐待
児童虐待とは、保護者がその監護する児童に対し、身体に外傷が生じる(または生じ得る)暴行を加えたり、わいせつな行為をしたり(またはさせたり)、保護者としての監護を著しく怠ったり、著しい心理的外傷を加える言動を行うことをいう(児童虐待防止法2条)。以上の定義を前提として、児童虐待に関わる各種統計や原因論を検討することにする。
1
件数・態様・特徴
児童虐待は家庭や社会内施設という密室内の事件であるだけに、その正確な実態を把握することは極めて困難である。したがって、以下にあげられる各種の統計は、実際に行われている児童虐待の氷山の一角に過ぎない。表面化した件数に比べて、暗数は10倍程度存在するとも言われている。実態把握が困難な理由として、@各種の統計は、児童相談所や警察などの関係機関を対象にしたものだから、これらの機関に関わらなかった事例は統計に現れてこない、A医療や保健の現場において、児童虐待に関する知識が不十分なため、看過されている事例がある[i]、B被虐待児が幼くて証言能力がなかったり、虐待者からの報復等を恐れて虐待の証言をしなかったりする場合がある、などの事情があげられる。
(1)件数
(グラフ1)児童相談所における児童虐待に関する相談処理件数
出典:厚生省大臣官房統計情報部編『平成10年度社会福祉行政業務報告書』厚生統計協会(2000)504頁、
読売新聞2000年11月2日朝刊
1999年に、児童相談所に寄せられた児童虐待についての相談は11,631件で、前年に比べて、約1.7倍に増えている。1995年から1998年までは、毎年千数百件ずつの増加となっていたが、1999年は4,699件も急増した。そして、1990年から1999年にかけての10年間で相談件数は約10.6倍に増え、急激な増加傾向がさらに高まっていることが分かる。
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(グラフ2)警察の少年相談における児童虐待の相談件数
出典:池田泰昭「児童虐待の現状と対策」現代刑事法2巻10号(2000)11頁
1999年、警察の少年相談に寄せられた児童虐待についての相談は924件で、前年に比べ2.2倍の増加となっている。1994年から1999年度にかけての6年間で相談件数は約7.6倍も増え、児童虐待の急激な増加傾向が浮き彫りになっていることがうかがえる。
なお、1999年の児童虐待に関する検挙件数は120件で、被害少年数は124人(うち45人死亡)にのぼると発表されている[ii]。また、2000年上半期には、児童虐待に関して94人(前年同期比54.1%増)が検挙されている[iii]。
ここで十分に注意しておきたいのは、以上のような統計数値を持ってしても、児童虐待の件数が増加していると即断することはできないということである。なぜなら、「児童虐待は以前から多数行われていたが、近年対策が進み、また国民の意識も高まったため、通告等が多くなされるようになり、その結果、従来ならば暗数にとどまっていた事例が顕在化し統計上に現れただけである」と理解することも、決して不可能とは言い切れないからである。ただ、現在のところでは、児童虐待の件数は増加していると捉えるのが一般的な見解であると言えよう。
(2)態様
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出典:読売新聞2000年11月2日朝刊
@身体的暴行の内訳は、打撲傷・あざ69.9%、火傷13.4%、頭部外傷12.1%、骨折5.5%、刺傷2.7%などとする統計がある。A保護の怠慢ないし拒否(ネグレクト)の内訳は、保護の怠慢60.3%、棄児・置き去り35.3%、登校禁止4.3%などとする統計があり、母子家庭で起こるケースが36.9%と比較的多いのも特徴的である。B心理的虐待は、1998年から1999年にかけて約2.5倍に増加し、ほかの虐待類型と比べ、高い伸びを示している[iv]。また、他類型と重複することがほとんどである。C性的暴行のケースでは、妊娠に至っているものが6%もあるとするデータもある[v]。
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出典:池田泰昭「児童虐待の現状と対策」現代刑事法2巻10号(2000)11頁
罪種別に見ると、傷害・同致死が多くなっている。なお、2000年上半期には、傷害が前年比3倍という高い伸びを示している[vi]。
(3)虐待者の続柄
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出典:毎日新聞2000年11月1日夕刊
父親による虐待が多いというイメージがあるが、実際には母親による虐待が過半数を占めている。「血がつながっていないから子どもを虐待する」というイメージも統計とも合致しない。また、母の職業は3分の2が主婦・無職で、在宅型が多いとされている[vii]。
(4)虐待者の学歴
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出典:岩井宜子・宮園久栄「児童虐待への一視点」犯罪社会学研究21号(1996)151頁
中卒の割合が非常に高い。高校進学率が1960年代以降、90%以上であることと比しても特徴的である。性的虐待では、虐待者が中卒のケースが9割近いという統計もある[viii]。
(5)経済的状況
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出典:岩井宜子・宮園久栄「児童虐待への一視点」犯罪社会学研究21号(1996)152頁
生活が困窮している家庭での発生が過半数である。ちなみに、世論調査によると、生活程度が「下」の最下層を占める割合は、7%前後に過ぎない[ix]。また、無職・失業中の者や、工員・労働作業職に就いている者が虐待者となるケースが多いという統計も出ている[x]。
(6)被虐待児の年齢
(グラフ8)被虐待児の年齢別相談件数(1998年度):左
(グラフ9)被虐待児の年齢別相談件数―性的虐待の場合(1998年度):右
出典:厚生省大臣官房統計情報部偏『平成10年度社会福祉業務報告書』厚生統計協会(2000)325頁
小学生以下の若年齢の児童が虐待されるケースが大部分を占めている。特に、0〜6歳の子どもが虐待の対象になることが多いことが特筆できる。また、性的虐待のみに関しては、中学生・高校生が被害に遭うことが多く、児童虐待の他の類型と著しく異なった特徴を示していることが分かる[xi]。
(7)被虐待児の性別
虐待を受ける児童は、男児52.3%、女児47.7%と男児が若干多いとする統計がある(1993〜1995年)。ただ、性的虐待に限れば、男児2.9%、女児97.1%と圧倒的に女児の割合が高い(1993〜1995年)[xii]。
(8)地域的偏在
児童虐待の件数については、自治体間の格差が存在する。これは、@児童保護司・児童相談所の力量、A民間団体の活動の有無、B福祉事務所・保健所・保育園・幼稚園・小学校・病院・弁護士などのネットワークの程度によって、児童虐待への取組みの水準が異なることによる。たとえば、大阪府が最も児童虐待の発生件数の多い自治体になっているのは、児童虐待が発覚しやすい態勢が整っているためと考えられよう。したがって、件数の多い自治体は児童の権利擁護が進み、件数の少ない自治体は児童虐待が潜在化していると言えるかも知れない[xiii]。
なお、児童虐待の発生件数が、都市部においては人口1万人に対し2.2人、非都市部においては人口1万人に対し1.5人とする調査結果があり、都市部の方が比較的多いことがうかがえる[xiv]。
2 発生要因
児童虐待は、単一の原因で起こるものではなく、親の生育歴や思想、家庭の状況、児童自身の要因など、多くの要因が複雑に絡まりあったときに発生するものと考えられている。
(1)虐待者側の要因
虐待者側の要因として共通しているのは、虐待をしているという意識の低さであると言えよう。自分自身の行為を虐待と認めない者が、全体の64.9%にのぼるという調査結果がある[xv]。
a
虐待当時の精神状態
(グラフ10)虐待者の虐待時の状況(1993〜1995年)
出典:萩原玉味・岩井宜子編著『児童虐待とその対策:実態調査を踏まえて』多賀出版(1998)34頁
虐待時にイライラしていたケース、精神的に疲れていたケースが多く、これらはほかの原因によってもたらされているものと考えられる[xvi]。
b
虐待の直接的契機
(グラフ11)虐待の直接的契機(1993〜1995年)
出典:萩原玉味・岩井宜子編著『児童虐待とその対策:実態調査を踏まえて』多賀出版(1998)20頁
「しつけの一部として」体罰等を加え、結果的に虐待をもたらしたケースが多いことが分かる。以上のデータに対し、性的虐待では、「欲求の直接的充足」が68.6%と高く、他類型との顕著な相違を示す。
c 世代間伝達
幼児期に虐待されて育った者が、成長してから自らの子どもに虐待する現象のことを、世代間伝達という。虐待者が被虐待経験を持つ割合は39.6%とする調査結果がある(不明を除く)。虐待体験により自尊心や基本的信頼感が身につかずに成長するため、虐待を引き起こしやすいのではないかとされている[xvii]。また、自分の親が暴力を用いたことが、育児やしつけの方法として学習され、自分の育児法となる面もあることが指摘されている[xviii]。虐待者の生育歴が児童虐待を引き起こす原因の1つであるということが言えよう。
なお、被虐待児の中には、PTSD(Post
Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)と診断される者もいる。PTSDとは、通常、人が経験する範囲を超えた、恐ろしい外傷的出来事を体験した後に起こる、睡眠障害、不安の昂進やおびえ、怒りの発作や異常興奮、抑うつ、物事への関心の喪失等を特徴とする適応障害のことをいう。さらに、他の精神障害と異なり、個人の性格や内的な出来事によるものではなく、外的な要因によって発症するとされている[xix]。
d
両親の離別・死別、未婚・非婚の母
育児の負担の過多、夫婦の結びつきとしての精神的安定の欠如、相談相手の不在などにより、親のストレスが蓄積される。
e 貧困
経済的困窮により愛情的接触が欠如したり、様々な形で親のストレスが高まったりするとされている。児童虐待の原因を警察庁は「1990年代の不況で困窮する家庭が増え、親のストレスが暴発するのでは」と分析している[xx]。なお、児童虐待に関して保護責任者遺棄・同致死で逮捕された者(1999年)の動機の第1位は「生活苦」であった[xxi]。
f
親の性格・傾向によるもの
虐待が起こる心理的メカニズムとしては、@役割逆転説(児童に愛を求める)、A同一視(自己嫌悪・罪悪感・無価値観を児童に投影)、B転移性攻撃説、C攻撃性の解離説(虐待経験、攻撃的自我の内面化)、D脅迫性格説(自信欠如から導かれる脅迫性、完全志向)が主なものとしてあげられる[xxii]。
児童に対して非現実的な期待をしていたり、歪んだ認識を持っているとき、児童に対するコントロール欲求が高いときにも虐待が生じやすい。また、しつけの方法として虐待を行うケースも少なくない。
児童虐待に関して傷害・同致死で逮捕された者(1999年)の動機の第1位は「子どもが意のままにならない」であった[xxiii]。
g
育児負担感の増加
児童虐待に関して殺人・同未遂で逮捕された者(1999年)の動機の第1位は「育児の悩み・疲れ」であった[xxiv]。また、共働きの親の利用できる保育園が足りないことも、育児負担を増大させている一因といえる。父親が育児に協力的でない場合も、母親の育児負担が増加することとなる。
h
親の精神的・身体的問題
親の抱える人格障害、精神遅滞・精神分裂病・アルコール依存症などの精神疾患・障害や、身体疾患・障害が虐待に結びつくケースがある[xxv]。
i
代理によるミュンヒハウゼン症候群
親が故意に子どもに病気やけがを負わせ、通院を繰り返すものであり、欧米では20年ほど前から報告されているが、日本ではまだ散見される程度である[xxvi]。
j
(性的虐待に特有の原因として)ペドフィリア
ペドフィリア(小児性愛)とは、性的に未成熟な小児を性対象として選択する異常性欲の一種のことである。この性癖を有していることに加え、貧困などの非常に多くの原因が重なり合ったときに、性的虐待が生じると考えられている[xxvii]。
(2)社会の要因
a 親の孤立化
@核家族化が進行したために、身近に育児について相談できる相手がいなくなり、また、以前は育児を手伝ってくれた祖母や祖父と別居しているため、協力を頼めなくなった。その結果、親の育児負担が増え、ストレスを感じるようになったと言える。また、A少子化が進んだため、子どもの頃から子育てに身近に接する機会が乏しくなった。おじやおばの家で赤ん坊を抱く機会もなくなり、育児を自然に覚える機会が減り、育児に不安を覚えるようになった。B情報化時代の進行により、親は氾濫する育児情報に翻弄されるようになった。その結果、子育てに不安や不満を感じる親が増え、ストレスを感じるようになった。
b
フェミニズムの影響
母親による虐待が最も多いことは既述したが、これにはフェミニズムと関係があると推測される(フェミニズムの一部の考え方に限られる)。
たとえば、@「母性本能はない」という考え方が広まったために、「子どもをかわいく思えなくても別によい」と感じることが容認された。また、A「女性は働くべき」という考えが浸透し、仕事をすることが素晴らしいという思想が普及したが、子どもは仕事の邪魔になる存在である。B近代特有の理性重視・仕事重視・文化重視(日常蔑視・本能蔑視)という思想が、女性にも広まったために、育児という本能的活動に喜びを見出すことが難しくなり、イライラするようになった。Cゼロ歳児保育によって母子分離が進み、子どもの出すシグナルを読み取れなくなり、育児が困難になった。D高学歴女性の間では、自己実現・社会参加という欲求があるのに、子どもが障壁になってそれができないというもどかしさが人一倍存在する。このような傾向は児童虐待の発生を容易にする方向に作用しているとも考えられる。
(3)被虐待児側の要因
a
子どもの性格・傾向
(グラフ12)子どもの行動に関する項目(1993〜1995年)
出典:萩原玉味・岩井宜子編著『児童虐待とその対策:実態調査を踏まえて』多賀出版(1998)90頁
短気・かんしゃく・攻撃的、落ち着きがない、わがまま、泣いたりぐずったりすることが多い、偏食・少食・食欲のムラなど食事に関する問題、友達と遊ぼうとしない、反応が少ないというような場合、虐待が行われやすいとされている。これらの場合には、世話が大変であり、とりわけ核家族で母親のみが育児を受け持っている場合、母親の感じるストレスが大きいのである[xxviii]。
b
発育の遅れや病気等
(グラフ13)子どもの発達・病気に関する項目(1993〜1995年)
出典:萩原玉味・岩井宜子編著『児童虐待とその対策:実態調査を踏まえて』多賀出版(1998)90頁
子どもが未熟児、低体重、病気、発育障害といったような場合、虐待が起きやすいとされている。一概にはいえないが、世話が大変であり、親の感じるストレスが大きい傾向があるいえよう[xxix]。また、「完全な子でなく他人に恥ずかしい」という不安感や劣等感を持ち、育児忌避や放任・無視につながりかねない。ちなみに、未熟児や低体重、出産児の障害などを持っていた場合には、未熟児センターに入院したりや保育器に収容され、母子間の絆の形成がうまくいかず、子どもに対する愛情が薄くなるということがあり得る。
また、多胎児(双子・3つ子など)の場合にも、虐待が発生しやすいとされている。被虐待児中の他胎児の割合は8%で、一般集団中の他胎児の割合0.6%に比べ、10倍以上の数値となっている[xxx]。これは、経済的な圧迫が親のストレスをより過度に助長させているからであろう。
(坪内
和人)
[i]
児童虐待防止制度研究会編『子どもの虐待防止』朱鷺書房(1993)17頁以下
[ii]
池田泰昭「児童虐待の現状と対策」現代刑事法2巻10号(2000)12頁
[iii] 読売新聞2000年8月12日朝刊
[iv] 読売新聞2000年11月2日朝刊
[v]
岩井宜子「児童虐待の実態と対策」警察学論集52巻12号(1999)92頁以下
[vi] 前掲新聞3
[vii]
岩井宜子・宮園久栄「児童虐待への一視点」犯罪社会学研究21号(1996)160頁
[viii] 岩井・宮園・前掲論文7 160頁
[ix]
萩原玉味・岩井宜子編著『児童虐待とその対策:実態調査を踏まえて』多賀出版(1998)14頁
[x] 萩原・岩井・前掲書9 15頁以下
[xi] 厚生省大臣官房統計情報部編『平成10年度社会福祉行政業務報告書』厚生統計協会(2000)320頁
[xii] 岩井・宮園・前掲論文7 149頁
[xiii]
高橋重宏「データから見る子ども虐待・ネグレクトの実態」児童心理53巻6号(1999)179頁以下
[xiv] 岩井・前掲論文5 92頁
[xv]
東京都児童相談センター全国児童相談所所長会「全国児童相談所における家庭内虐待調査結果報告」
全児相通巻62号別冊(1997)
[xvi] 萩原・岩井・前掲書9 34頁
[xvii]
岩井宜子「児童虐待の病理とその対応策」犯罪と非行120号(1999)8頁以下
[xviii] 西澤哲「子どもの虐待と家族―虐待を生じる要因としてのトラウマ―」精神療法23巻3号(1997)20
頁
[xix]
亀岡智美・小林一恵・真下厚子・山本弓子・岡本正子・大月則子・藤本淳三「児童虐待に関する精神医学的
考察(1)」児童青年精神医学とその近接領域34巻2号(1993)7頁以下
[xx] 前掲新聞3
[xxi] 渡辺敦司「児童虐待で1年間に130人検挙」内外教育5086号(2000)10頁
[xxii] 西澤・前掲論文18 10頁
[xxiii] 萩原・岩井・前掲書9 205頁
[xxiv] 西澤・前掲論文18 10頁
[xxv]
亀岡・小林・真下・山本・岡本・大月・藤本・前掲論文19 8頁
[xxvi]
中嶌真知子「わが子を虐待する親の心理―虐待を生みやすい家族の背景」児童心理53巻6号(1999)
39頁
[xxvii] 井垣章二『MINERVA社会福祉叢書C 児童虐待の家族と社会―児童問題にみる20世紀―』ミネル
ヴァ書房(1998)73頁以下
[xxviii] 萩原・岩井・前掲書9 90頁
[xxix] 萩原・岩井・前掲書9 90頁
[xxx]
谷村雅子・松井一郎「子ども虐待のリスク原因」保健の科学41巻8号(1999)579頁