リベラルであるということ


政治的曖昧言語の名誉回復のために

萩 原 能 久

1 政治的言語の混乱

 丸いものでも四角と言い続けることによって四角にしてしまうのが政治の世界にしばしば横行する論理である。その世界では、プラス・イメージのある好感度の高い言葉は常に自陣営にのみ独占的使用権が許された用語として重宝がられ、逆に悪印象を与える言葉はライバルを蹴落とす際の格好の武器となる。この世界の住人は、時流の変化にも敏感であり、変わり身の早さにも定評がある。例えば「スターリニスト」。1950年代以前のソ連において、人からこう呼ばれることは賞賛と栄光を意味していた。スターリン批判後の世界で、自らスターリニストを名乗る人間はよほどの偏屈者である。しかし批判をあびてスターリニストが根絶されたのではない。彼らはただ、今は別の名前で出ているだけなのだ。
 いかに多くの偉大な思想的理念がこの世界の住人たちの手垢にまみれることによって、その信用を失墜させられ、陳腐で空虚な戯言へと転じてしまったことだろう。その最たる例は「民主主義」という理念かもしれない。19世紀以前の世界では、衆愚政に転化する危険をはらんだ政体として必ずしもよいイメージで語られることのなかった「民主主義」は、第二次大戦の結果ファシズムに勝利して以降、ありとあらゆる政治体制が自己を正当化するキーワードとなる。今日、民主主義を自称しない国は皆無に等しい。スターリニズムも「民主集中制」という別名を用意していたし、正真正銘の「民主主義の敵」であったナチズムですら、政治理論の世界では「指導者民主主義」と呼び替えられたりする。「民主主義」というキャッチフレーズは、いまや明確な意味内容を持たない安手の広告コピーにまでおとしめられてしまっているのである。「民主主義理論は、現代国民国家体系の道徳的エスペラント、諸国民を間違いなく連合する言語、現代世界の公的標語である。だがそれは実にいかがわしい通貨でもある。文字どおりの間抜けでもなければ、それを額面どおり、言葉どおりに受けとる者はいないであろう。」(ジョン・ダン『政治思想の未来』 みすず書房)
 ソ連崩壊後の今日、社会主義という強力なライバルが自滅した今、「リベラル」という言葉もそうした政治言語のひとつになりつつある。日本のリベラル・デモクラティック・パーティー、すなわち自民党は今は置くとして、ロシアで急激な台頭を見せたジリノフスキー率いる極右民族主義政党の自由民主党は、どいうい意味で「リベラル」なのか。また昨今、政界再編成がらみでとりざたされる連立与党内での権力争いから急浮上してきた「リベラル・社民」連合の政治理念なるものは何なのか。その言葉を額面どおり受けとめたい馬鹿正直な私としては理解に苦しむところである。
 もっとも、「リベラル」という言葉の場合、この言葉が持つ曖昧さの原因を政治世界の言語濫用に押しつけるだけですまない別の理由があることも事実である。まず第一に、「リベラル」という概念の根幹にある「自由」の概念が、哲学的に多義的で論争的な概念であり、どの「自由」観をとるかによって、その政治的立場も一八〇度かわってしまうことがあげられる。さらに、よく指摘されることであるが、「リベラル」という立場は特定の思想内容を持つものと言うよりは、ある種の「態度」を指し示した語であり、だからこそそれが「リベラル」としばしば同義語で用いられる「リベラリズム」や「デモクラシー」と緊張関係にたちうることがあげられる。ある種の思想内容をもった主義主張を信奉するということと、「リベラル」の態度とが相容れないが故に生じる緊張がそれである。そこで以下の小論では、これらの論点を思想史的に整理してみることで、最終的には「リベラル」という立場の今日的意味を確定してみたい。

2 ふたつの自由

 「自由」という概念を最も一般的に定式化するとすれば、他からの強制のない状態をさす。だがただちに付言しておかなければならないのは、この自由の定義が、「平和」を「戦争のない状態」とする定義と同じく、否定形で定式化されたものであり、問題を先送りしただけの不十分な定義であることである。もしそこで、今度は「強制」を「自由を妨害するもの」と定義してしまえば、純然たる循環論法に陥ってしまう。何が「強制」なのだろうか。わが子の健康を願って子どもの嫌いな野菜を無理にでも食べさせようとする母親は、子どもの「自由」を侵害しているのか。また、その自由はいかなる場合にも制限されないのか、問題は残る。「カワマスのための自由は小魚にとっての死である」ことを考えれば、人間社会にこの種の無制限の自由は認められまい。しかしこの、アイザイヤ・バーリンの呼ぶところの「消極的自由」の観念に依拠することによってはじめて、いかなる法にも、国家権力によっても制限されることのない、万人に平等に与えられた最小限の個人の自由という「人権」の観念が誕生したことは過小評価されてはならないだろう。この消極的自由の観念に立脚して生まれてきたのがイギリス型の自由主義である。そこでは抽象的・観念的な自由が声高に叫ばれるのではなく、「国家からの自由」の産物として獲得されてきた個別具体的な権利の複合体が自由の実体として重視され、国家の個人への介入は必要悪として最小限にとどめるのが理想とされるのである。
 「消極的自由」はだが、餓死する自由、奴隷状態にとどまる自由も容認せざるをえない個人本位の非情な自由でもある。そこには、人間にとって自由が他者との相互作用によってはじめて意味を持つとの視点はない。ここにもうひとつの「積極的自由」の観念が要請される必然性がある。積極的自由とは、個人が思いどうりに主体的な選択ができる状態をさす。それは換言すれば、自らが自分自身の主人でありたいという自己支配の原理である。国家と個人の関係でこの自由をとらえ直すならば、それは「国家への自由」、つまり国家を通じて実現される自由と表現することが出来るだろう。なぜならば積極的な政治参加によってはじめて「全体の意志でありながらそれが同時に自分の意志でもある」という状態が作り出されるからであり、その意志による支配は究極の自己支配を意味するからである。ジャン=ジャック・ルソーの「一般意志」にまつわる議論にその古典的な定式化をみるこの種の立場(それはM.クランストンによって「国家本位的自由主義」、C.B.マクファーソンによって「非自由主義的民主主義」と名づけられているが、ここでは概念的混乱を避けるために、消極的自由に立脚した政治観を「自由主義」、この積極的自由に立脚した政治観を「民主主義」と呼ぶことにしておきたい)は、自由を国家と人民が一体化した状態に見いだすのである。
 消極的自由に立脚した「自由主義」は、自由を守るために国家の活動をできるだけ抑制するべきであると主張する。対する積極的自由に立脚した「民主主義」は、自由を実現できるように国家ができるすべてのことをやるべきであると主張する。どちらの立場に立っても、相手の立場は「自由の名にによる自由の抑圧」と映ることになる。この両者の間で、「リベラル」はどこに位置づけられるだろうか。

3 反「自由主義」としてのリベラル

 19世紀におけるイギリスの「自由主義」は「民主主義」を敵視をしないまでも、それを極度に警戒していた。そのことが最も象徴的に示されているのは参政権をめぐる立場である。確かに産業革命によって勃興してきた新興ブルジョアジーたちは、旧来の特権階級に対して、選挙権の拡大、自由経済、安価な政府を要求して「自由主義」のもとに結集した。しかしその「選挙権拡大」要求も、ブルジョアジーの成年男子に限定され続ける。労働者、女性、そして未成年者、さらには在留外国人にまでその権利が拡大されるというプロセスは、万人の平等という「自由主義的」理念とは裏腹に、遅々としたものであったし、そのプロセスは部分的に今日でも未完である。その際にイギリス自由主義者たちが好んで用いたのが「政治的責任」、「財産と教養」、「高貴なるものの義務」という議論である。労働者階級への選挙権拡大を基本的には支持していたJ.S.ミルのような思想家ですら、個性と教養を欠く者たちが、数の上で多数者の地位を占めることに危倶の念を表明していた。またジャコバンの恐怖政治が開始される前から、フランス革命を民主主義の専制と喝破したエドマンド・バークはまぎれもない「自由主義者」であったが、彼も、多数者の意見に惑わされない貴族主義的な選良(エリート)の手による政治を積極的に肯定する。彼によるならば、選挙で選ばれた代表者は、選挙民の意見を聞くべきだが、それに拘束されることなく、自己の判断力を行使できるものでなくてはならないのである。
 このことからもわかるように、「自由主義」者たちは、一方ですべての階級、人種、両性の平等を主張しながら、現実には特定の階級(すなわち新興ブルジョアジー)、特定の人種(例えばアイルランド人は除く)、特定の性(成年男性)の優越を要求するという矛盾を犯してきた。いわばそれは、特権階級の支配を否定するために、自分自身を特権階級にするよう要求する主張、自分自身を権威にまつりあげることで、旧来の権威を否定する主張でもあったわけである。それが歴史的に見た「自由主義」の実態と限界であるわけだが、この立場をが「リベラリズム」のそれであっても「リベラル」のものではないと感じるのは私だけだろうか。

4 反「民主主義」としてのリベラル

 それでは「自由主義」を不徹底と批判し、「民主主義」の立場に徹することが「リベラル」であることの条件なのだろうか。残念ながらそうとも言えないのである。ここでは、民主主義が凡庸なる多数者の専制につながるとの「自由主義」的批判を繰り返しはしない。問題はもっと深刻である。積極的自由の観念にその基礎を置く「民主主義」は、国家と個人の意志の一致を主張するあまり、全体の名による個人の圧殺をも正当化しかねないからである。積極的自由が要請するところの自己支配する自我は、理性的で自律的な「真の」自我でなくてはならない。もしその自我が非合理的な欲求や情念のかたまりであるならば、その人間は「自己の意志」が民族や国家という「全体の意志」と合致するよう再教育されなければならなくなるのである。ここに強制収容所と思想改造教育という全体主義の論理が誕生する。
 さらにそこで言われる「真の自我」と「全体の意志」を誰が、何を基準に決定するのかについても問題である。「民主主義」はイギリス型自由主義の発明品である代議制民主主義は、すべての個人の全体政治への参加を阻害するものとして否定する。「イギリス人が自由なのは議員を選挙するのことで、議員が選ばれるや否や、イギリス人民は奴隷となり、無に帰してしまう」(J.J.ルソー『社会契約論』 岩波文庫)として自由主義の貴族主義的性格を徹底的に批判したのはルソーであり、マルクスも議会を「支配階級のどの成員が人民を蹂躙し、踏みにじるかを3年に一度か、6年に一度決定するもの」(K.マルクス『フランスの内乱』 岩波文庫)にすぎないと喝破する。当然の代案としてでてくるのが直接民主制であるが、社会の規模が大きく、人民の大半が貧しく、無知な状態にある場合には、それが代案になりえないことくらい「民主主義」者たちもわきまえている。そこで「彼ら以上に彼らのことを熟知している」代表者たちが、「人民を解放する」ために全権力を一手に集中させるという独裁の理論が正当化されるのである。
 「リベラル」は「自由主義」のエリート主義に抗議して、万人の平等を一貫させる「民主主義」を確かに要求はする。だが自由の実現のための全体主義と独裁という「民主主義」理論のこのラディカルな帰結を容認できる人ほど「リベラル」の呼称の似合わない人はない。それでは「自由主義」とも「民主主義」とも完全には重なり合わない「リベラル」とはどういう立場なのだろうか。

5 「リベラル」の最低条件

 先に「リベラル」とは特定の思想内容をもった主義主張を信奉することとは無縁の、ひとつの「態度」であると述べた。それはカントの言うように、他人の指導なしに自分自身の悟性を使用する勇気を持った「成熟した(muendig)」な大人の態度であって、思想的無節操を指すのではない。しかし、その態度にもいくつかの特色がある。それを簡単にまとめておくことで、「リベラル」という言葉の濫用を防ぐ方向性を示しておきたい。
 リベラルであることのまず第一の条件にあげられるのが、反権威主義であろう。このことは反体制的、反政府的ということと同義語と理解されてはならない。リベラルは権力や権威の存在を否定しないし、その必要性も認識している。ただその「不当な」行使に対してそれと闘おうとするだけである。だからこそ、いかにそれがリベラルの態度と共通性を持つ部分が多くとも、「自由主義」や「民主主義」が「不当な」要求を自己正当化しようとする時、リベラルはそれらをも敵にまわすのである。リベラルの警戒が主として国家に向けられるのは、国家権力があらゆるもののうちの最強の権力であるからにすぎない。「自由とは抵抗する勇気である」と述べたのはラスキであったが、それこそが消極的自由とも積極的自由とも区別されるリベラルの追求する自由なのである。
 リベラルの第二の特徴として、理性による社会の改革が可能であるし、人類と社会の進歩がそれによって図られると信じるオプティミズムが挙げられよう。「自分一人がやってもしかたがない」であるとか、「どうせ政治の腐敗はなくならない」という諦観からニヒリズムに陥り、政治参加を放棄して、なすがままにまかせるというのはリベラルの対極の姿勢である。人間と、その可能性を信じるというリベラルのオプティミズムは、もちろんひとつの信仰にすぎない。しかしそれは、その逆の信仰よりも建設的なことだけは確かである。
 最後にリベラルの最も重要な特徴として「寛容」の精神を挙げておかなければならない。リベラルという形容詞の名詞形である「リベラリティー」(哲学においては、通常、「寛大」と訳される)という言葉は、アリストテレス以来の哲学史の中で一貫して重要な徳のひとつとして考えられてきた。それが重要であるのは、例えばベンサムのような功利主義者が考えたように、画一性を力によっておしつけるよりも、許容したほうが社会の混乱を招かないための「得策」だからではない。寛容が重要なのはそれが「正しい」からである。リベラルは自分自身の生き方の選択に自信と責任を持ちたいと願っている。だからこそ他人の、自分とは異なった生き方に接しても、それを尊重しなければならないと考えるのである。ただ一つ、不寛容に対しては、リベラルはそれを寛容の精神で容認したりはしない。それを容認することは自由そのものの絶滅につながるからである。

 以上の条件を踏まえて「リベラル」という立場をあえて日本語に翻訳するとするならば、「公正さの感覚に立脚した反骨精神」とでも言うことになろう。「リベラリズム」と「リベラル」を敢えて区別するという私の議論は、政治理論的考察としては、思い入れの激しい一種の暴論かもしれない。だが1950年代にアメリカを席巻したマッカーシズムのような、ナショナリズムと結合した形での「自由主義的絶対主義」のことを想起すれば、単一民族国家であるとの神話を背景に「皆で渡れば怖くない」型デモクラシーを実践するわが国での「リベラリズム」の展開には警戒的にならざるをえないのである。そのような現在、必要なのは、次のポパーの言葉に示されている「リベラル」の反骨精神であると考えるのは私だけだろうか。

民主主義の原理を受け入れる人は、民主的投票の結果を、何が正しいかについての権威ある表現とみなす義務はない。彼は民主的制度を働かせるために多数者の決定を受け入れるであろうが、民主的手段によってそれと闘い、またその修正のために働くことは自由だと思うであろう。そして万一、多数票が民主的制度を破壊する日を見るまで生きたとすれば、この悲しい経験が彼に教えるのは、専制政治を避けるための確かな方法は存在しないということであろう。だが、それは、彼が専制政治と闘う決意を弱める必要もないし、また彼の理論が不整合であったことにもならない。(カール R. ポパー 『開かれた社会とその敵』 未来社)


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