「悪魔の科学」イデオロギー


                    イデオロギーとは何か
萩 原 能 久

イデオロジー:理想の人間を作り出す科学
 人間とは観念的動物である。「恋は盲目」、「あばたもえくぼ」と言われるように、恋に落ちた者には、他人から見れば「どうして」と思われるような欠点までもが、チャーム・ポイントに見えてしまう。一頃はやった「人面魚」にしてもそうである。頭部の模様にすぎないものを「人面」だと言われれば、なるほどそのように見えるし、中には神の遣わせた奇跡として手を合わせる人まで出てくる。
 フランス革命の頃にこうした「観念」というものの重要性に目を向け、この観念の生成、機能を研究することが社会についての唯一の科学となると考えた哲学者のグループがいた。いや、彼らは「観念を持つ」、「思う」ということが「存在する」ということと同義であるとすら考えたのである。彼らは、自分たちの作り出したこの新しい学問を「観念の学」、すなわち「イデア」の「ロゴス」、イデオロジー(ideologie)と名ずけた(1)。この学問は「医学」をお手本としながらも、それ以上に実践的な学問を目指していた。観念、感情、美徳、悪徳といった人間精神の道徳的状態と、肉体的・身体的状態の間の因果関係を解明することで、良識を習慣に、道徳を欲求に改造するための手法が発見されるだろう。そうなればこの学問によって「理想の人間」を作り出すことができるようになる。イデオロジーとは人間を幸福、あるいは完成に導くことになる学問として構想されたのである。
 しかし「理想の人間」と言っても、誰にとって、何が「理想的」なのかは大いに問題である。このようなことは科学的に決定されるものであるハズがない。支配者にとって理想的なのは、逆らわず、命令しなくとも、痒いところに手が届くほど意図通り行動してくれる服従者だろうし、いかに肉体的に健康でも、反骨精神に富んだ人物(例えば強靭な肉体と卓越した策略能力を持った革命家)は「健全な精神」の持ち主とは映らない。そもそも「健康である」ことが「何のため」に重要な価値なのかすら疑問である。私の小学生の頃には「健康優良児」なる表彰制度がまだ存在した。当時からひねくれ者だった私は、選考基準が不明確なまま、体が丈夫であることはもちろんだが、先生の言うことに従順に従う生徒(いわゆる「いい子」)が選ばれることを直感的に感じていたので、この全国的キャンペーンを二十四時間会社のために働ける「企業戦士予備軍」のコンテストみたいだと感じていた。病弱な、あるいは体の大きくない生徒、先生の言うことを聞かない生徒は何も自分から望んでそうなったわけではない。「健康優良児」を顕彰することは、それから逸脱する児童を価値の低い人間とおとしめることと同義である。教育という場で何のためにそれをあえて行う必要があるのか、あらためて問い直す必要がある。
 それはさておき、国家のために、国家にとって理想的な人間を作り出すという課題を担うことになる「イデオロジー」は、そもそも政治的意図なしに構想された人間と社会に関する基礎科学的性格をもつ新しい学問であったにもかかわらず、極めて政治的な色彩を帯びることになる。それがこの新しい学問の短命な悲劇を招くことになる。

マルクス・イデオロギー
 今日でもその意味で用いられる否定的な意味あいをイデオロギーという語(この言葉はマルクス主義とともに日本に輸入されたので、フランス語でも英語でもなく、通常ドイツ語読みの発音が用いられている)に与えたのはナポレオンであった。当初はこの新しい学問を重視し、重用していたナポレオンであったが、徐々に彼らの教育改革、公衆道徳についての改革案に潜むリベラルで市民的な要素が自分自身の権力支配計画にとって危険なものであると気づくようになる。そこでナポレオンは、彼ら「イデオローグ」の見解など現実から遊離した空論にすぎず、それは政治的・社会的実践に全く役立たないだけでなく、無能な大衆に「主権」を与えて煽動し、謀反の原理を国民の義務として教えようとする危険な「国家と教会の敵」であると排撃するようになったのだった。
 フランスの啓蒙主義哲学者が作りだし、ナポレオンによって否定的なニュアンスを与えられたイデオロギーという言葉に、社会科学上の重要な意義を付与したのがカール・マルクスだった。彼にとってイデオロギーとは誤った観念形態のひとつである。しかし、単なる「誤り」はイデオロギーとは違う。1プラス1が3であると主張することは確かに誤りではあるがイデオロギーではない。イデオロギーとは、社会構造的に生み出された虚偽の意識であり、かつその虚偽の意識の形成がひとつの権力手段として、特定の政治支配と結びつき、被支配者の側の服従を確保するために用いられるものなのである。
 マルクスは、社会を現実につき動かしている基盤が経済的構造(彼はこれを「土台」と呼ぶ)であると考える。政治、法律、道徳、宗教、芸術、哲学などの社会的意識形態(マルクスの用語では「上部構造」)はこの経済的構造によって規定されたものであって、自律的なものではない。マルクスが行ったのは、分業を基本原理とする資本主義においては、この意識形態が必然的に「虚偽のもの」、すなわちイデオロギーたらざるをえないことを歴史的・社会的に考察することだった(2)。階級社会においては肉体労働と精神労働が分離される結果、実践から遊離した観念のひとり歩きが生じてしまい、それが支配階級であるブルジョアジーの支配の正当化と安定化に供されるとマルクスは言う。「意識が生活を規定するのではなく、生活が意識を規定する」ことを自覚できず、自らの「思考の自律性」幻想に耽っている<イデオローグ>には、自分の行っていることの意味が自分でわかっていない。彼は二重の意味での虚偽意識のとりこである。彼の意識は「真理」に対する虚偽意識であるだけでなく、「現実」をも隠蔽する虚偽の意識なのである。
 いわゆる精神労働のみに従事し、「思想は先行する思想からのみ生まれる」という思想の自律性を妄想するブルジョア的思考に対して、それが必然的に虚偽の意識、イデオロギーとなると批判するマルクスに対して、いくつかの素朴な疑問を感じる人もいるだろう。萩原ゼミの学生諸君に聞いてみた。

マルクスの落とし穴
 ゼミの論客として名を馳せている勇気君は言う。「そんなことを言ったって、マルクス自身が労働者だった訳ではなく、時には大英博物館にこもりっきりで精神労働に全力を注いでいた(3)じゃないか。だとするならば、そのマルクスの述べることも必然的にイデオロギーということになるんじゃないのか。」居酒屋でのバイト経験から、人間観察に鋭い直感を持った瑞穂ちゃんも口をそろえる。「プロレタリアートの意識が、必然的に正しい意識となり、ブルジョアジーの意識が、どんなにあがいても虚偽の意識となると言われても、理屈上はともかく、サラリーマンやブルーカラーをいっぱい見てきた私の実感とは大きくかけ離れていて納得がいかないわ。」
 彼らの批判は全く正しく、これが後のマルクス主義イデオロギー論への宿題となったのだが、ここで重視したいのは、次の二つのことである。
 まず第一に、精神労働に専ら従事していただけであるハズのマルクスが、なぜひとり、それにもかかわらずその思考の制約を免れて(4)、何か特権的な立場から他者の思考のイデオロギー性を喝破できるのかという問題である。
第二に重要なのは、マルクスが用いたイデオロギーという名の批判的武器が、一種の「ブーメラン概念」であるということである。敵対者の思考のイデオロギー性を批判しようとするその矛先は必ず批判者自身の立場のイデオロギー性への反問となってはねかえってくる。「人の悪口ばかりを言う、そういうお前はどうなんだ」というしっぺ返しがそれである。

神なき近代の不安とイデオロギー
 実はイデオロギーにかぎらず、そもそも近代科学の成功それ自体が、マルクスにも認められるこの特権的視点を作りだし、現実には誰もそこに立ちえない足場から世界や宇宙を眺めるという方法に負うところが多い。ニュートンの偉大な成功は、無限遠に設定した一点から全宇宙のあらゆる部分を平等に扱い、普遍法則を獲得しようとすることによって達成された。また近代経済学が想定するような完全自由競争の仮定、完全情報と無限の計算能力を持った合理的人間の想定、あるいは「他の条件がすべて同じもの」とした上での仮説、そのようなものは現実にはどこにも存在しない。これはあくまで「仮定」であり、その仮定を採用することで理論に成功がもたらされるかぎりは、どのように非現実的仮定でも有用である。しかしこのことを忘れた瞬間に、どんな正しい理論も、イデオロギーを退けようとする科学も、イデオロギーそのものとなる。
 科学には自らが立脚点とした仮定が不適当だと判明した場合に、その仮定そのものも含めた見直しを図るメカニズムが工夫されているのが──もちろんそうならずに科学がイデオロギー化してしまうことも多いが──ふつうである。しかし権力手段として人間を自発的服従へと誘導しようとするイデオロギーにとっては、自分自身の立脚点そのものに対する原則的な疑いは許されない。人がイデオロギーを批判するためには、そのイデオロギーに対して、超越的・外在的な無イデオロギー的とも言える立場を措定し、そこを立脚点にしなければならないのだが、その立場の措定そのものは、自らがすでに持っているイデオロギーによらなければならない。しかもその際にイデオロギーは自らの立脚点であるその足場を実在のものであると主張しなければならないのだから、その無イデオロギー的立場も、そこから批判を発した瞬間に再びイデオロギーの内部に閉じこめられてしまう。
 イデオロギーとはまさに、近代という神なき時代に特有の権力手段であることがここに明らかとなろう。絶対者たる神の「死」以降、人間は自らの主観を出発点にせざるをえなくなる。かつて世界と宇宙を客観的に把握できることを(たとえそれが偽りのものであろうと)約束してくれていた神なしに、主観的でしかない自分自身のうちでそれを把握しなくてはならなくなったのである。普遍的なものを担うのが個人でしかないということ、客観的なものを把握する主体が主観でしかないということ、これが神なき近代の宿命なのであり、そこに成立するのがイデオロギーなのだ。それは一方ですべての人間(主観)に対して、神の如き絶対者の立場に立てる可能性(客観性)を拒絶する。しかし他方で、<イデオローグ>とは、そうした事態がもたらす認識論的不安の前に、自分一人が所与の社会関係の外側に立ち、神の立場からものを見てみたいという誘惑に駆られるのである。近代という神なき時代の不安を解消する最も有効な特効薬とは、自分が神になってしまうことである。自分の姿が神に似ていることをよいことに、神の名を語ろうとする堕天使が「悪魔」の正体であったとする、西欧の小説や映画でよくとりあげられるモチーフは、ここでも実に示唆的と言えよう。
 このように考えてみれば、科学とイデオロギーは紙一重である。いや、「科学」と「イデオロギー」をきれいさっぱりと峻別できると考え、「科学」の立場からイデオロギー的言説の論理的分析を行うことによってイデオロギーを克服することができるとする思考こそ、自分の立脚点は価値中立的であり、無イデオロギー的であるとの幻想のとりことなている、たちの悪いイデオロギーに転化する危険性に満ちている。

イデオロギー装置としての学校
 さて今月号までで考えてきた「権力」「権威」「イデオロギー」はどういう関係にあるのかをここで大雑把にまとめておきたい。イデオロギーとは近代に特有の権力行使の一手段であるが、それは一方で、自らの力の行使を「正統」な「権力」、他の者の力の行使を不当な「暴力」として差異化すると同時に、「権力」を「権威」に転化することで支配の安定化を図るものである。物理的強制力の行使よりも、被支配者の側からの自発的服従を確保すること、ムチではなく、できるだけ飴を使う方が最終的には安価だからである。しかし人々が飴でだまされなくなると、最終的にはムチに切り替えざるをえない。国家とはイデオロギー装置であると同時に、軍隊と警察という物理的強制力を独占している暴力装置でもあるのだ。(国家の問題についてはいずれこの連載で再び取り上げるつもりである。)
 国家のイデオロギー装置は、われわれの社会生活の中にくまなく張りめぐらされているものでありながら、通常は意識されることのない不可視の監視・支配装置である。こうしたイデオロギー装置を批判することの難しさは「自分に自覚できないものを自覚しろ」という無茶な要求でもある。逆に言えば手の込んだイデオロギー装置ほど、われわれが持つ日常的自明性の感覚、われわれが当たり前と感じているが故にもはや疑ってみることをしなくなったものを利用しようとするのである。だからこそ現代においては、最大の自明性、確実性、真理の供給源として絶大の権威が付与されている科学がしばしばイデオロギー化される。
 その中でも最も重要なイデオロギー装置のひとつは何と言っても「学校」だろう。私は何も、近年しばしば批判される「偏差値偏重教育」や「いじめ問題」を問題にしたいのではない。通常、学校とは、未成熟な子どもに知的訓練をほどこし、立派なおとなとして自律的な判断ができるよう「ものの見方」を教えてくれる施設であると思われている。しかし生徒の成長を願ってのものであれ、教師が「他律的に」外側から生徒に働きかけてその「自律」を育成するというのは、如何ともしがたい矛盾であり、またそこで教えられる「ものの見方」なるものは往々にして一面的なのである。今や年中行事と化した感のある「教科書問題」は、本当に「社会科」や「日本史」「世界史」だけの問題だけなのだろうか。
 「ものを見る」場合に、「目」で見ると思っている人が多いかもしれないが、実はわれわれは「頭」でものを見ている。願望、予想、期待、仮説などの観念のフィルターを通してしかわれわれにはものを見ることはできない。だからこそ、夜道で風にそよぐ柳が幽霊に見えたりもする。「ものの見方」を教えるとは、比喩的に言えば、われわれが眼鏡なしにものを見ることが不可能なので、とりあえず眼鏡を作り、それをかけさせてみることである。ところがこの眼鏡にはどうしても歪みがあり、色もついているのだ。歪みも色もない眼鏡、それさえかければ真理を見ることのできる眼鏡など存在しないのである。だからこそ必要なのは、徹底した懐疑の精神なのかもしれない。すべてが疑いうる。いや、本当に自明なものなど何ひとつ存在しないのである。その懐疑の精神の芽生えまでたどりつけてはじめて、教育はイデオロギーの呪縛から半歩ほど抜け出せるのかもしれない。



(1) これについて詳しくは手前味噌だが、私の訳したS.バウマン『立法者と解釈者』(昭和堂、1995)の第7章「イデオロギーあるいは観念世界の形成」を見て欲しい。オーギュスト・コントによって後にそう命名され、今日なじみのものとなった「社会学」とは、党派性を帯びることになってしまった「イデオロジー」の呼称を矯正する意図で提案された、本質的に「イデオロジー」と同一の学問構想である。
(2) K.マルクス 『ドイツ・イデオロギー』 岩波文庫
(3) あなたの一番好きな仕事は、と娘に問われたマルクスが「本の虫になること」と答えたのは有名な話である。マルクスは大変な勉強家だったが労働者ではなかった。極貧にあえぐそのマルクスを終生支援し続けたエンゲルスは父から受け継いだ工場を経営する実業家だった。
(4) だからこそ「存在が意識を規定する」とするマルクスの考えを徹底させて、カール・マンハイムは、自分の立場も含めたすべての認識が社会的・歴史的存在様式に規定されるとして、すべての知識の「存在拘束性Seinsgebundenheit des Wissens」を主張したのであった。K.マンハイム『イデオロギーとユートピア』中公バックス『世界の名著 マンハイム・オルテガ』所収


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