対キューバ経済制裁

_経済制裁二法の成立とCANFの影響_

  4年 渡邊真理

はじめに

  1. 対キューバ経済制裁の特徴
  2.  _ 冷戦下での対キューバ政策

     _ 冷戦後の対キューバ政策

     _ 全米キューバ系米国人財団(CANF

  3. キューバ民主主義法(トリセリ法)の成立
  4.  _ トリセリ法の概要

     _ トリセリ法成立過程

     _ トリセリ法成立の要因

  5. ヘルムズ・バートン法の成立
  6.  _ トリセリ法成立後の経過

     _ ヘルムズ・バートン法の概要

     _ ヘルムズ・バートン法の成立過程

  7. CANFの活動とその影響

 _ 制裁二法の要因比較とCANFの活動

 _ 政治資金による影響

 _ 政治動員力

 _ 共和党保守への働きかけ

おわりに

はじめに

 1959年のキューバ革命によるカストロ共産主義政権の誕生とそれに続くキューバ政府によるアメリカ人資産の接収以降、アメリカはキューバを脅威とみなし、カストロ政権転覆と民主化促進を目的として経済制裁を軸とした封じ込めと孤立化の政策を行ってきた。

 しかし、冷戦終結に伴いロシアからの支援が途絶え、キューバの経済・軍事力が低下した中で冷戦下での制裁を強化する法律が1992年と1996年に成立しており、さらにキューバはしばしば政府関係者から、ならずもの国家(rogue states)の一つとしてあげられてきた。このならず者国家の概念はアメリカの安全保障上の脅威とされるイラク、北朝鮮などに使われ、軍事力という観点からキューバはこれには入らない。このキューバの現状とアメリカの対キューバ強硬政策との矛盾は、この政策の背景にキューバの脅威という対外要因よりも強硬な政策を押し進める国内要因が存在することを示している。

 本論では対キューバ経済制裁二法成立の重大要因として、全米最大のキューバ系アメリカ人団体である、全米キューバ系米国人財団(CANF)の存在を指摘し、その活動と経済制裁二法成立に与えた影響を考察する。

 対キューバの経済制裁についての論文には岡部恭宜「経済制裁の論理_米国のキューバ経済制裁の有効性_」、山岡加奈子「米国の対キューバ経済制裁_ヘルムズ・バートン法成立以降の米国政府内の議論を中心にー」などがある。岡部は対キューバ経済制裁の背景、手段、目標、制裁の国際、国内要因を分析し、冷戦後の経済制裁は有効でないとして新たな政策の必要性を論じている。山岡はTanterの制裁の理論を用いて、ヘルムズ・バートン法の成立過程を検証し、その目的が懲罰とデモンストレーション効果にあるとする。対キューバ政策に対するCANFの影響を考察した論文としては、Patrick J. Haney, Walt Vanderbush The Role of Ethnic Interest Groups in U.S. Foreign Policy: The Case of the Cuban American National Foundationが挙げられる。HaneyとVanderbushは従来の利益団体に対する仮定と80年代におけるCANFの設立過程、活動を比較し、CANFはその創設時からの政府とのつながりが従来の仮定とは異なると論じている。

 山岡の研究では議会に焦点をあて、議員が懲罰効果を目的として強硬な経済制裁法を成立させたと論じられ、また岡部の研究においても主眼は経済制裁の有効性の検証にあるため、CANFの具体的な活動には触れられていない。HaneyとVanderbushの論文は80年代におけるCANFの活動の考察であるため経済制裁二法には触れておらず、他のCANFの研究においても元理事長で創始者のマス・カノサのカリスマ性に焦点をあてたものが多いようである。

 これに対し本論文では冷戦後の経済制裁二法成立の要因とその過程、CANFの活動の分析を政権、議会との関係を踏まえて行い、CANFの影響を考察する。強硬な経済制裁二法の成立要因をCANFの影響力という観点から分析する点が本論文のオリジナリティと言える。

 一章ではキューバ民主主義法(トリセリ法)成立までのアメリカの対キューバ政策とCANFの概要を述べ、二章でトリセリ法成立の要因とその過程を議会での議事録、公聴会での記録をもとに明らかにする。三章ではキューバ自由民主連帯法(ヘルムズ・バートン法)成立までの政権の対キューバ政策の変化を述べた上で、ヘルムズ・バートン法成立過程とその要因を明らかにする。四章では二、三章で明らかにした成立要因の比較、CANFの活動の検証を通してCANFの影響力を明らかにする。

 一.対キューバ経済制裁の特徴 

_ 冷戦下での対キューバ政策

 キューバに対するアメリカの経済制裁は1959年のキューバ革命後、アメリカ人資産の接収を契機として1960年10月から始まり、以来今日まで緩和の動きもあったものの制裁は続いている。

 キューバ政府によるアメリカ人所有の資産接収に対しケネディ政権は1961年1月に国交を断絶し、4月に政権がCIAによる訓練を受けた亡命キューバ人を支援してキューバ侵攻とカストロ政権の転覆を図り、失敗に終わったピッグズ湾侵攻事件が起きた。 

 翌年の62年2月にはキューバからの全ての輸入品と他国によるアメリカ製品のキューバへの再輸出を禁じ、キューバを支援する国家への援助を打ち切った。また、10月にはキューバへの武器輸出を認める国の船に対しアメリカの港を閉ざし、社会主義国の港に入った船はその航海中、アメリカの港に入ることを禁止し、キューバと取引のある会社の船でのアメリカ製品の輸送を禁じるなど、対キューバ強硬政策を行った。さらに62年10月にはキューバミサイル危機が起こり、両国の緊張関係は頂点に達した。その後も政権は63年2月にキューバへの渡航を禁止し、キューバとの商取引を違法とし、6月にはアメリカのキューバ人所有資産を接収するなど制裁を強化した。

 以上のようにケネディ政権において二次制裁を含む最も厳しい制裁が行われた。

フォード政権下では74年11月に関係正常化の秘密交渉を行い、75年8月に第3国のアメリカ企業の子会社にキューバとの取引を認めるなど、制裁緩和、関係改善への取り組みを行ったが、キューバによる共産主義政権援助のためのアンゴラ派兵が発覚し、交渉は終了した。また、カーター政権下でも77年3月にキューバへの渡航禁止解除などの制裁緩和を行い、両国は9月に両国の首都に利益代表部を設置するなど、関係改善が進んだ。しかし、その後のキューバの海外派兵、80年に起きたマリエルボートリフトと呼ばれるキューバからの12万5千人に上る大量難民の流入により、両国関係は再び悪化した。

 その後、反共主義を掲げたレーガン政権が発足し81年9月に政府運営のキューバに対する反カストロ宣伝放送である、ラジオ・マルティ創設計画を発表した。また、82年2月にはキューバを国際テロ支援国家のリストに載せ、4月にはマイアミ_ハバナ間のチャーター便を停止し、キューバでの支出の禁止により実質的なキューバへの渡航禁止を定めるなどの制裁強化や軍事的圧力行使も含めた強硬政策がとられた。

 ブッシュ政権においても89年11月の渡航禁止解除などの緩和は見られたが、90年には政府運営の反カストロ宣伝放送、テレビ・マルティの放送が開始されるなど、引き続き制裁による封じ込め、孤立化政策がとられた。

 以上のように、冷戦下ではソ連の援助を受けたキューバの軍事力増加、海外派兵活動によりキューバはアメリカの安全保障上の脅威とされ、特にレーガン政権において経済制裁による封じ込めと孤立化の強硬政策が行われている。

 _ 冷戦後の対キューバ政策

 冷戦の終結によりキューバを取り巻く状況には大きな変化が見られた。91年9月には当時のゴルバチョフ、ソ連大統領がキューバ駐在のソ連兵全ての引き上げを発表し、ソ連からの経済援助も打ち切られ、キューバ政府は年間60億ドルのソ連からの補助金を失った。これにより、キューバの国内総生産の成長率は91年にマイナス10・7%、92年にマイナス11・6%、93年にはマイナス14・9%となるなど経済力が低下し、それに伴い軍事力も低下した。 

 このように冷戦後キューバの経済、軍事力の低下が見られた後もキューバは政権からしばしばアメリカに対する脅威とされるrogue statesの1つとして挙げられている。

 クリントン政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務めたアンソニー・レイクは rogue statesの概念とアメリカの対rogue states政策を述べた論文、 Confronting Backlash Statesの中で反動国家(backlash states)について、「強制によって権力を握る派閥によって支配され」,「慢性的に国際社会と建設的に関わる能力を欠いており」、「大量破壊兵器の追求など費用のかかる軍事計画と野心を持っている」とその特徴を挙げ、反動国家の一つとしてキューバをあげている。

 この論文では明らかにされていないが、クリントン政権におけるrogue statesの基準は_大量破壊兵器の追求、_国家政策としてテロを支援(国務省のテロ支援国家のリストに載っている)、_重要なアメリカの国益に対し地域的な脅威となっていることであり、対rogue states政策の目的は政治的、経済的、軍事的手段により包括的封じ込めと孤立化を進めることで、行動の修正、または体制変化を促すことである。

 これに対しキューバは大量破壊兵器を持たず、国務省のテロ支援国家のリストにはあるが、1998年にはキューバはテロを支援する軍事力はないとする国防総省の報告書が明らかになっている。このように基準を満たしておらず、軍事的脅威ではないにも関わらずキューバがrogue statesとされ、経済制裁二法のような封じ込め政策がとられる要因として、軍事的必要性ではなく国内要因が働いていることが挙げられる。

 そこで主な国内要因として挙げられるのが、81年の創設時から反カストロ強硬政策を支持してきた全米最大のキューバ系アメリカ人団体のCANFである。クリントン大統領もマイアミの強硬派(CANF)が基本的にアメリカの対キューバ政策に責任があると述べているように、冷戦後のキューバの脅威低下に伴い、対キューバ強硬政策推進におけるCANFの役割の増大が見られる。

 _全米キューバ系米国人財団(CANF)

 CANFは亡命キューバ人であるホルゲ・マス・カノサによって1981年マイアミでカストロ政権転覆のために設立された、アメリカ最大の亡命キューバ人組織である。財団自体は非営利の研究・教育組織であり、キューバの民主主義への平和的な移行の支援、人道的援助などキューバ国民に対する直接的支援を行う一方、対キューバ経済制裁の維持とカストロ政権の孤立化、転覆を支持し、政策を決める理事会と理事会で選出された執行部によって運営され、理事や会員の寄付が活動資金となっている。

 CANFはマイアミ、ワシントンD.C.、ニュージャージーに事務所を持ち、LA,ニューヨーク、シカゴ、プエルトリコ、ニューオリンズ、テキサス、フロリダの諸都市に支部を構え、キューバの組織的な人権侵害、難民問題、また広くキューバ一般についての情報提供を公聴会での証言などを通して行い、キューバに対しても世界情勢などの情報を独自のラジオ放送で提供している。

 研究・教育機関として情報提供を行う他に、CANF関係者は直接、またthe Free Cuba PACを通して連邦議員、大統領候補、政党に政治献金を行っており、PACの豊富な資金力を使った活動がCANFの対キューバ政策に対する影響力の源となっている。連邦選挙委員会のデータを基にした調査では、1979年から2000年までの22年間でPACはおよそ130万ドルを連邦議員、大統領候補、政党等に政治献金として使っている。CANFはまた、Cuban American Foundationというロビー団体を通してロビー活動を行っており、80年代、90年代初頭にはアメリカ政府運営の反カストロ宣伝放送である、ラジオ、テレビ・マルティ創設などで成功を収めている。

 この成功の1つの要因がCANF設立時のレーガン政権とのつながりである。1980年の大統領選挙の際に、レーガン陣営の反共政策に対する支持を得るため、反共であり共和党支持のキューバ系アメリカ人の組織化を、レーガン政権の国家安全保障担当大統領補佐官となったリチャード・アレンが裕福なマイアミのキューバ系アメリカ人企業家に提案したとCANF創始者の1人、ロール・マスビダルは証言している。アレン自身も1980年選挙の頃にマスと会い、キューバ系アメリカ人が影響力をもつために、成功していたイスラエルロビーを研究し、モデルとするように助言を行ったと認めている。

 このような政権とのつながりから、CANFが研究・教育活動を通してレーガン政権の強硬な反共政策への支持を集め、共和党の固い支持者として献金・集票を通し政権を支援することにより、政権はCANFにアメリカの対キューバ政策への影響力を認めるという関係が作られた。その後CANFはラジオ・テレビ・マルティ設立において成功を収め、前理事長マスはラジオ・マルティの監督機関である、キューバ放送のための大統領諮問委員会委員長にクリントン政権までの3つの政権により任命され、番組編成に影響を及ぼしている。

 CANFの政権との密接な関係は同じ共和党のブッシュ政権においても存在し、特にブッシュ大統領の次男のジェブ・ブッシュはマイアミで事業を行っており、CANFの支援者であったことからもそのつながりは強固であった。ブッシュ政権下においてCANFはトリセリ法の成立に成功しており、ブッシュは1988年、1992年の大統領選挙においてマイアミのキューバ系アメリカ人票、フロリダ州の選挙人票を獲得している。

 以上のようにCANFは教育・研究機関としてだけでなく、献金、ロビー活動、政権との強いつながりを通して対キューバ政策に影響力を行使してきた。

  1. キューバ民主法(トリセリ法)の成立

 _トリセリ法の概要

 キューバ民主法は(トリセリ法)1992年にニュージャージー州選出のロバート・トリセリ議員によって下院外交問題委員会に提出され、上院でボブ・グラハム、コニ_・マック、フロリダ州選出議員により、1993年度の防衛権限法に修正条項として含められ、成立した。この法案の目的はカストロ政権に対する経済制裁とキューバ国民支援によりキューバの平和的な民主政への移行を促し、自由な選挙の実施を奨励すること、旧ソ連など他国からのキューバへの支援を終わらせることなどを目的としている。

 具体的な制裁としてはアメリカ企業の第3国にある子会社による新たなキューバとの取引の禁止、従来のキューバへの渡航禁止を強化し、渡航した人に対し財務省が上限5万ドルとして民事的な罰金を課し、刑罰にも問えるようにすること、そしてキューバで貿易を行うために入港した船の出発から180日以内のアメリカへの入港禁止などがある。また、制裁の他に国民とコミュニケーションをとることで変化を促すことができるとの考えからキューバ・アメリカ間の電話と郵便の開設が盛り込まれ、キューバ国民支援のためアメリカの私的な団体による食料と薬の配達は認められた。

 この法律の特徴は1975年のフォード大統領によるアメリカ企業の子会社にキューバとの取引を認めた制裁緩和措置を廃止し、再び海外の子会社によるキューバとの取引を禁じた点、さらに89年11月のブッシュ大統領による渡航禁止解除を覆し、再び渡航禁止とした点にあり、冷戦下での制裁を強化した点にある。

 次節では制裁を強化するトリセリ法成立を強く支持したCANFの立場を公聴会での発言から明らかにし、さらにトリセリ法が審議された本会議議事録を基に賛成派、反対派の議論を分析し、その根拠を明らかにすると共に、CANFと賛成派の議論を比較しその影響について分析する。

 _ トリセリ法成立過程

 1.CANFの法案への立場

 CANFはトリセリ法成立のため献金を通して議員に働きかけると共に、公聴会で法案への支持を訴えた。当時の理事長ホルゲ・マス・カノサは1992年3月18日に下院の外交関係委員会の公聴会で証言を行った。 

 この中でマスは制裁強化の理由として状況の変化と関与政策の失敗を挙げている。状況の変化についてはソ連崩壊とソ連からの援助の消滅、国連でのキューバの人権侵害への非難決議、キューバでの政府批判の高まりをあげ、このような状況変化によりカストロ政権の崩壊は確実となったとの見方を示した。また、ソ連による長年の援助にも関わらずカストロ政権は変化しておらず、関与による変化は望めないとした。

 また、トリセリ法支持の理由として海外にあるアメリカの子会社との取引が政権の収入源となっているため、子会社との取引を禁止することで政権転覆が早まること、キューバ国民とのコミュニケーション改善とカストロ後の制裁解除も含めたアメリカの援助を明記することで、国民に対しアメリカと国際社会がキューバの民主化を支援するというメッセージを送り、内部崩壊を促すことを挙げている。さらに、マスはカストロが取引や観光収入を政権維持と軍備増強に使用し、国民の生活水準向上に充てていないとして、「カストロが意義のある改革や権力の座から降りることを拒否し続ける限りフィデル・カストロに対する政治・経済制裁がアメリカの基本政策であり続けるべきである」と制裁強化の必要性を述べ、法案支持を訴えた。

 このような発言からCANFは情勢の変化によりカストロ政権の崩壊を確信しており、カストロ政権の資金源が海外のアメリカ子会社との取引にあると認識していること、さらにカストロ政権に対し制裁を強化する一方、国民に対しカストロ政権後のアメリカの支援を約束し、コミュニケーションの拡大により将来への希望をもたせるという2本だての政策によりカストロ政権の崩壊が早まるとして法案を支持していることが分かる。

 2.議会での議論

 前項で明らかにしたCANFの法案賛成の根拠を踏まえ、本項では1992年9月18日の上院本会議と同年9月22日の下院本会議での賛成派、反対派の議論を分析する。

 上院での議論は1993年会計年度防衛権限法に対してグラハム、マック両議員が提出した修正条項の審議という形でトリセリ法の審議が行われ、積極的な賛成派としてはフロリダ州選出のグラハム、マック両議員、強硬な反対派としてはコネチカット州選出のクリストファー・ドッド議員があげられる。

 賛成派の議論としてグラハム議員は、カストロ政権が最も窮地にあるために、制裁強化が必要であり、これは52人の上院議員とブッシュ大統領、クリントン大統領候補の支持する合意であると述べた。また、トリセリ法にはキューバ国民に対する直接支援とカストロ政権に対する制裁、カストロ政権後のキューバに対するアメリカの支援という、民主化を促す誘因がふくまれているため法案の成立により政権転覆を早められるとした。

 ジョセフ・リーバーマン議員は東欧での共産主義国の崩壊によりキューバは孤立しており、前年の米子会社によるキューバとの取引は5億3300万ドルに及ぶため、この禁止でキューバ経済に打撃を与えるべきであり、関与政策についてカストロは強固な共産主義であるため効果がないとしている。

 これに対し反対派の議論としてロードアイランド州選出のクレイボーン・ぺル議員は制裁強化によりカストロ政権が国力衰退の原因をアメリカとするため逆効果になると述べた。

 ドッド議員は海外の子会社がキューバとの貿易を行う許可を得ている親会社104社のリスト挙げ、カストロ政権は他国から製品を買うことができ制裁の効果はないとした上で、米子会社が取引をやめ、カストロ政権が数年後に倒れると他国が新しいキューバ市場に入り,アメリカ企業は締め出されるため、法案はカストロ政権ではなくアメリカに害を与えると述べている。

 賛成派の議論をまとめると、_キューバ経済は衰退しており、制裁強化によりカストロ政権は崩壊する、_ソ連からの援助に代わる資金源が米企業の海外の子会社との取引であるためこれを禁止する、_制裁と合わせてキューバ国民とのコミュニケーションの拡大により民主化が促進されるということになる。

 これに対し反対派の議論は_制裁によりキューバ経済の困窮の原因がアメリカとされる、_米子会社がキューバの市場から締め出され被害を受ける、としている。

 上院においてドット議員による修正条項の否決動議は24対61で否決され、修正は発声投票で可決された。

 下院での審議での積極的賛成派としては法案提案者のニュージャージー州選出ロバート・トリセリ議員、下院外交問題委員会委員長で、フロリダ州選出ダンテ・ファセル議員、キューバ系アメリカ人のフロリダ州選出イレアナ・ロス・レティネン議員が挙げられ、強硬な反対派としてはニューヨーク州選出のチャールズ・ランゲル議員、コネチカット州選出ナンシー・ジョンソン議員、アーカンソー州選出ビル・アレクサンダー議員が挙げられる。

賛成派の議論としてトリセリ議員は法案が大統領、大統領候補、下院外交関係委員会の民主、共和両党の指導部の支持を得た合意であると述べた。また、法案が政権の収入源である米子会社との取引の禁止、キューバ国民に真実を知らせるためのコミュニケーションの拡大、制裁対象がカストロ政権であることを明確にするための政権崩壊後のアメリカによる支援の明記、の3本柱からなるとした。

 ファセル議員は、法案はアメリカの政策を明確に示し、民主政府樹立の取り組みが行われた際のアメリカの支援枠組を示すことで、カストロ政権転覆を早めると述べ,関与政策はカストロ政権に拒絶されてきたとして、その効果を否定している。

 レーティネン議員はさらに他の共産主義国が倒れたなかでカストロ政権は権力に執着し、基本的自由を抑圧していると非難している。  

 フロリダ州選出のローレンス・スミス議員は法案の目的はキューバとキューバ国民に民主主義を回復することであり,アメリカとキューバ国民の利益であると述べ、また制裁対象の製品を国民が買うことはできないため制裁によって国民に影響はないとした。

 これに対し、反対派の議論としてランゲル議員は東欧の共産主義国は制裁によってではなく内部崩壊したのであり、制裁はアメリカをキューバの困窮の原因とすることになり、同盟国との関係も悪化すると述べた。また、法案はキューバ国民の将来ではなくマイアミのキューバ系アメリカ人に配慮した政治的なものとして非難した。  

 ジョンソン議員は制裁により米子会社の取引を他の競争相手国が補うためにアメリカの雇用に影響が出ると述べ,制裁が国益に反し、カストロ政権崩壊後に法案が米企業の進出を妨げるとして反対を表明した。また、アレクサンダー議員は、法案はアメリカの雇用と国際貿易関係に悪影響を与え、特に農業貿易規制について制裁の実施が困難である上に農民の雇用と資金に影響を与えるとし、経済制裁で外交目的は達成できないと述べた。

 賛成派の議論として、_関与政策は機能しない、_キューバ国民が制裁の被害を受けることはない、_キューバの民主主義回復はアメリカの国益、_制裁とコミュニケーションの拡大、カストロ後のアメリカの支援を明記することで民主化が早まる、ことがあげられる。

 これに対し、反対派の議論として_制裁により同盟国との関係が悪化する、_制裁はキューバの困窮の原因をアメリカとする、_制裁はカストロではなく国民を圧迫し、米産業・雇用に害を与える、_法案は政治的なものでマイアミのキューバ系アメリカ人への配慮である、ことがあげられる。

 以上のことから賛成、反対両派ともカストロ政権が数年で倒れるとの見方を共有したうえで、賛成派は米子会社との取引がカストロ政権の資金源となっているという考えから、政権転覆のために制裁が必要であるとし、反対派はキューバ国民への被害、アメリカ企業の損害、同盟国との関係悪化を考慮していることが分かる。

 賛成、反対両派の議員について見ると、賛成派は主にキューバ系アメリカ人人口の多いフロリダ州、ニュージャージー州の議員であり、最も強硬な反対派のドッド議員はキューバ系が少なく、トリセリ法で最も損害を受けると見られたUnited Technologiesのあるコネチカット州選出であり、投票においてはフロリダ州選出下院議員19人のうち18人、ニュージャージー州選出下院議員14人のうち12人が賛成し、コネチカット州選出議員の6人のうち5人が反対にまわっており、それぞれの州の利益を反映している。

 _ トリセリ法成立の要因

 本節では前節での議論を踏まえ、トリセリ法成立の要因、またCANFの影響を分析する。

 議会での議論からトリセリ法成立の要因として_冷戦終結と状況変化、_1992年選挙が挙げられる。

  1. 冷戦終結と状況変化
  2.  冷戦終結に伴い、ソ連からの軍事、経済支援が途絶えたことによるキューバ経済の衰退が制裁強化の最大の根拠となっている。ソ連の支援は年間60億ドルにも上り、国内総生産の成長率はマイナス10%以上となったため、新たな資金源である米子会社との貿易の禁止により経済が破綻し、政権は崩壊するとされた。また、冷戦終焉時に東欧の共産主義国が崩壊し、民主化が進んだことから共産主義国は崩壊するという見方が強まり,キューバもいずれ崩壊するという見方が大勢を占めており、議会でも賛成、反対両派が政権崩壊を確実視していた。さらに、東欧革命においては国民への情報伝達が要因の一つとされたため,制裁と共に国民とのコミュニケーションを拡大することで、内部崩壊を促せるというのが賛成派の根拠であった。

  3. 1992年選挙
  4.  法案反対派が議員と大統領による法案支持の背景に選挙でキューバ系アメリカ人の人口が多いフロリダ州での票を期待していると非難していたが、その根拠となったのが大統領の法案への態度の変化である。

     トリセリ法が提出された当初ブッシュ大統領はアメリカ企業の海外の子会社への損害を理由に法案に反対していたが、一転して五月に法案賛成へ態度を変えている(_)。この態度の変化の理由がその年の民主党大統領候補であったクリントン、アーカンソー州知事による4月23日のマイアミ訪問とCANF支持者の前での法案賛成表明である(_)。この訪問は大統領選挙でフロリダ州において劣勢であったクリントンがフロリダのキューバ系アメリカ人の資金と票を得る事で、フロリダ州の選挙人票25を獲得しようとしたもので、CANFのメンバーが出席したその日の昼食会において27万5千ドルの献金を受けている。また、最も影響力のあるキューバ系アメリカ人と言われたCANF理事長のマスは長年の共和党支持者でありながら、公に「キューバ系アメリカ人はクリントン政権を恐れる必要はない」と発言しており、世論調査においてもキューバ系アメリカ人の間でのブッシュ大統領の支持率が10月には73%から55%に下がり、クリントン候補の支持率が19%から36%に上がった。これを受けてブッシュ大統領はフロリダのキューバ系アメリカ人の支持を失うことを恐れて法案賛成に転じている。

     また、法案に積極的に賛成した議員たちの多くは党派を問わずキューバ系人口の最も多いフロリダ州、2番目に多いニュージャージー州選出であり、フロリダ州選出下院議員19人のうち18人、ニュージャージー州選出下院議員14人のうち12人が党派に関係なくこの法案に賛成していることからもキューバ系アメリカ人、CANFへの配慮がうかがえる。

  5. CANFの影響

 公聴会におけるマスの議論と議会での賛成派の議論を比べると、ロシアの支援に替わり海外の米子会社がカストロの資金源となっているため、制裁を強化すべきであるとの議論や制裁とコミュニケーションとの2本立ての政策という認識、カストロ後のキューバへのアメリカによる支援の明記を重要とする点など、共通点が多く見られ、CANFと賛成議員との間に共通の認識がある事が分かる。

 また、反対派のランゲル、セラーノ議員は法案がフロリダのキューバ系アメリカ人のためであると述べ、CANFの影響力を認めている。

 さらにファセル議員は、「私は彼らが(法案に)果たした役割について国民一般、特にフロリダと全国のキューバ系アメリカ人社会を称えたい」と述べ、キューバ系アメリカ人が手紙や証言により議員に働きかけ、助言の多くが法案に組み込まれたとしており、このことからCANFの法案への影響力の大きさが明らかとなっている。

 三.ヘルムズ・バートン法の成立

_ トリセリ法成立後の経過

 トリセリ法成立後の海外情勢の変化として同盟国との関係悪化、制裁によるアメリカの孤立化、キューバ経済の回復が挙げられる。

 同盟国との関係悪化とアメリカの孤立化の例として、ECが1992年10月8日にブッシュ大統領に正式に防衛権限法に拒否権を発動し、そこに盛り込まれたトリセリ法を成立させないよう申し入れたこと、また1992年11月24日に国連総会で長年に渡るアメリカによる対キューバ経済制裁を終わらせるよう求める決議が59対3、棄権71で採択されたことがある。

 また、国内総生産の成長率がマイナス10%を超え、制裁により倒れると見られていたカストロ政権は外国投資を引きつけるための取り組みを行い、94年に0・7%であった経済成長率が96年には7・8%にまで回復したことから、制裁の効果に疑問が持たれた。

 国内においてCANFは民主党政権にも関わらず、当初クリントン政権に強い影響力を持っており、その例として国務省のラテンアメリカ担当のトップ人事を巡りCANFがクリントン政権の選んだ弁護士の黒人キューバ人マリオ・バエツァをカストロに対し甘すぎるとして任命を阻止したことが挙げられる。

 このようにクリントン政権においてもCANFは政権と密接な関係を保っていたが、1994年のキューバからの大量難民流入とその後のキューバ人に対する移民政策の転換により、政権とのつながりは断たれることになった。

 大量難民の流出はカストロによる移民政策の開放宣言を受けて始まり、3万人もの難民がアメリカに向けてボートに乗りこんだが、アメリカの海上警備隊により、新たな移民を防ぐために海上封鎖が行われた。これを受けて9月に両国間で移民問題の話し合いが行われ、9月9日に合意が出された。このなかでアメリカはカストロに移民流出を認めないことを求め、年2万人の合法移民を認めると共に留置されている難民はキューバの米軍基地に留められることとなった。更に1年後の95年5月2日に両国は安全で合法の移民を促すことを確認し、ガンタナモの基地に留置されている難民をアメリカが受け入れることを最後に、今後海上やガンタナモの基地で拘束されたキューバ人は本国に返されることで合意した。

 以上のように、ヘルムズ・バートン法はキューバ経済の回復とCANFのクリントン政権との断絶、移民政策の転換というCANFにとって不利な条件が揃う中で審議され九五年には修正されながらも上・下両院を通過したが、両院の法案の相違を埋める協議会が開かれず、翌年に持ち越された。

 _ ヘルムズ・バートン法の概要

 キューバ自由民主連帯法(ヘルムズ・バートン法)は1995年2月に下院国際関係委員会に提出され、翌年の3月12日にクリントン大統領によって署名され、法律となった。この法律の目的はキューバの民主化、自由で公正な選挙の実施を促すこと、カストロ政権により接収されたアメリカ市民の財産を守ることなどである。

 この法律は四章に分かれており、第一章ではキューバに民主的な政権が樹立されるまでの間の対キューバ投資禁止とキューバの国際金融機関への加盟反対、キューバの核施設を援助する第3国への支援停止が述べられている。第二章では暫定政権の樹立とその後の選挙による民主政権の樹立を支援すること、選挙の実施の際にフィデル、ラウル・カストロの被選挙権は認めないことが述べられ、中でも重要な点が大統領にあった経済制裁解除決定権が連邦議会に移り、大統領が単独では制裁解除ができなくなった点である。第三章では接収当時の価格が5万ドル以上の資産に限り、アメリカ国内の旧所有者がその資産を取引に使っている第三国の法人、個人に対し、アメリカの裁判所に損害賠償請求訴訟を起こす権利を認めることが述べられている。但し、大統領はアメリカの国益とキューバの民主主義の促進に必要な場合、この条項の施行を6ヶ月の間留保できる。第四章では1996年3月12日以降第三章の条件に該当する第三国企業の幹部社員と大株主、またその家族に対し国務省が入国を拒否できるとされ、この条項に関して大統領に解除権はない。  

 ヘルムズ・バートン法の特徴としてはトリセリ法の制裁を更に強化し、接収されたキューバの接収当時5万ドル以上のアメリカ人資産を使って取引を行っている第3国の企業にまで制裁対象を拡大した二次制裁の適用が挙げられる。また、この中で有効性に疑問が持たれていたテレビ・マルティをVHFから妨害されにくいUHFにすることが定められている。

 (三)ヘルムズ・バートン法の成立過程

  1. CANFの法案に対する立場

 本項では1995年6月14日に行われた、CANF会長フランシスコ・ヘルナンデスによるヘルムズ・バートン法についての証言をもとにCANFの法案に対する立場を分析する。

 ヘルナンデスはクリントン政権の対キューバ政策が孤立化と封じ込めの従来の政策を脅かしていると批判し、政権に替わり議会がカストロ政権、海外投資家、キューバ国民に明確なメッセージを送るため法案を成立させるべきとする。

 法案はカストロに関係正常化のためには民主化が必要であること、投資家にはカストロ政権かアメリカとの取引かを選ばせること、キューバ国民には議会が支援しているというメッセージを送るとする。また第三章について、アメリカ人資産の保護という国益のためであり、国際法違反ではないとし、トリセリ法成立後のNAFTA成立を挙げ、同盟国との関係悪化はないとする。さらに、関与政策については渡航、取引共に効果がなく、カストロが利益を得るだけであるとして制裁強化を訴えた。

 以上のことからCANFは政権に対し不信感を抱いており、議会主導での制裁強化によりキューバ国民への支援を示し、民主化を促す必要があり、第三章は国際法違反ではないとする立場をとっている事が分かる。 

二・議会での議論

 本項ではCANFの法案についての議論を踏まえ、上下両院での賛成・反対両派の議論をとりあげる。

 上院では1996年3月5日、下院では3月6日に法案審議の本会議が行われた。前年のヘルナンデスによる証言から審議までの間にキューバ空軍による米民間機撃墜事件が起きており、この事件が審議の前提となっている。

 上院における積極的な賛成派としてはフロリダ州選出のボブ・グラハム、コニー・マック両議員、ジョージア州選出のポール・カバデル議員、法案提案者のノースカロライナ州選出のジェシー・ヘルムズ議員等が挙げられ、反対派としてはニューメキシコ州選出のジェフ・ビンガマン議員、コネチカット州選出のクリストファー・ドッド議員などが挙げられる。

 賛成派の議論として、カバデル議員は撃墜事件はキューバ政府が行ってきた行為の一つとし、法案について三章の目的は潜在的なキューバに対する投資家の抑止であり、訴訟について資産に価格制限があるため訴訟数はすくないとし、アメリカ市民をならず者国家から守ることは正当であると述べている。

 マック議員は撃墜事件がカストロの性格を表しており、法案はカストロを孤立させ、追放するとして支持し、今までの全ての制裁に関する行政命令、規則の成文化によりクリントン大統領が容易に制裁を解除できないため、封じ込め政策は維持されるとして支持している。

 ハチソン議員は法案がカストロ政権崩壊を早めるとし、キューバでの核施設建設を挙げてその防止がアメリカの安全保障上の利益であるとした。リーバーマン議員はキューバ国内の反政府活動に対する政権の抑圧をあげ、法案賛成はキューバ国民の人権の尊重であるとした。また、ヘルムズ議員は、カストロ政権は当初から凶悪であり宗教弾圧を行っていると非難し、キューバとの貿易を進めるカナダをヒトラーに対する宥和と同じと批判し、法案は外国投資家にキューバかアメリカか取引相手を選ばせるものであり、政権崩壊につながるとして支持している。

 反対派の議論としてはビンガマン議員が35年間の制裁は失敗であるため法案は誤っており、大統領はキューバ系アメリカ人に配慮していると非難している。ドッド議員は制裁の成文化は大統領の外交権限を損なうとして反対し、三章は国際法違反であり、キューバ系アメリカ人のみに訴訟権限を与えるのは法の下の平等に反し、法案は国益に反するとして反対した。

 賛成派の議論としては_撃墜事件はカストロ政権の性格を表している、_民主主義と人権擁護のためにはカストロ政権に対する制裁強化が必要、_搾取されているキューバ国民の人権と民主主義の擁護のため、他国に制裁を協力させることは国際法違反ではなく、正当化される、ことが挙げられる。

 反対派の議論としては_過去の制裁は失敗であり、事件への対応のみで法案を可決させるべきではない、_第三章は国際法違反である、_法案はキューバ系アメリカ人に配慮したもの、ということが挙げられる。

 下院における賛成派としてはフロリダ州選出のリンカン・ディアス・バラ_ト議員、イレアナ・ロス・レーティネン議員、ニュージャージー州選出ロバート・メネンデス議員、ジョージア州選出のニュート・ギングリッチ議員などが挙げられ、反対派としてはニューヨーク州選出チャールズ・ランゲル議員、ホセ・セラーノ議員、カリフォルニア州選出のアンソニー・ベイレンソン議員などが上げられる。

 賛成派の議論としては_関与政策は機能せず、制裁強化によりカストロ政権崩壊が早められる、_カストロ独裁に対する民主主義の擁護とキューバ国民の自由のため、他国に制裁に協力させることは国際法違反ではない、_第三章はアメリカ国民の財産権を守るためであり正当化される、ことが挙げられる。

 反対派の議論としては_過去の制裁の成文化は大統領の外交権限を制限する、_二次制裁は同盟国との関係を悪化させ、国際法違反である、_制裁はキューバ国民を害するため逆効果であり、米産業にも害を与える_事件に対する対応として法案を通すべきでない、_法案はキューバ系アメリカ人のための政治的なものである、_関与政策をとるべきである、ということが挙げられる。

 以上のことから賛成派は撃墜事件をカストロ政権の性格を表すものとして、制裁強化によるキューバの民主化促進、アメリカ人接収資産の保護のため法案を支持し、国益のため第三章は国際法違反ではないとしており、反対派は撃墜事件と制裁を切り離し、過去の制裁の失敗、二次制裁による同盟国との関係悪化、大統領の外交権限の制約を理由に反対していることが分かる。

 _ ヘルムズ・バートン法成立要因

 議会での議論を基に本節ではヘルムズ・バートン法の成立要因を明らかにし、またCANFの影響をヘルナンデスの証言と議会での議論との比較から分析する。

本会議での議論からヘルムズ・バートン法の成立要因として_キューバによる米民間機撃

墜事件、_1996年選挙、_議会、特に下院の保守化、単独主義傾向が挙げられる。

1.キューバによる米民間機撃墜事件

 キューバ空軍は1996年2月24日に国際空域を飛んでいた米民間航空機2機を撃墜した。打ち落とされた2機には反カストロ団体の「救援の兄弟達」(Brothers to the Rescue)に所属するキューバ系アメリカ人3人と米在住キューバ人1人が乗っており、この事件後世論は81%がキューバに対して良くない感情を持ち、キューバとの外交関係の回復についても49%が反対と答えており、1974年以降初めて反対が上回っている。

 この事件によって二次制裁が国際法違反であるとして反対し、前年には拒否権行使を示唆していたクリントン政権は態度を変え、26日に大統領は議会と協力し法案を通す努力をし、交渉により署名可能な妥協が得られるだろうと述べた。また、3月5日付けでギングリッチ下院議長に送った手紙の中で大統領は撃墜事件に対するアメリカ単独の対抗措置の一環としてキューバにいかなるアメリカ人の犠牲も許さないという強いメッセージを送るためにヘルムズ・バートン法の可決を求めるとしていることからも事件により態度を変えたことが分かる。

2.1996年選挙

 事件に付随しクリントン大統領が再選を控えていたことも要因の1つである。撃墜事件と法案審議の時期はキューバ系アメリカ人人口が集中しているフロリダ州の予備選挙を控えており、また共和党大統領候補であったボブ・ドールが早くから法案を支持していたため前回選挙で接戦の末に落としたフロリダ州の選挙人25票を考慮したこと、さらにはフロリダのキューバ系アメリカ人に限らず、一般国民にも反キューバ感情が広がり、キューバに対する関与政策の支持が下がったために世論に答え、事件への迅速な対応として法案成立を掲げたことがあげられる。

 3・議会の保守化、単独主義傾向

 ヘルムズ・バートン法が審議された第104議会は94年の中間選挙で共和党が上下両院で52議席を増やし多数党となった議会であり、下院では73人もの「アメリカとの契約」に署名した保守傾向の強い新人議員がギングリッチ下院議長のもとに集まり、結束して改革を断行した議会であり、党派対立が高まった。

 議会共和党と政権の対立はヘルムズ・バートン法についても見られ、撃墜事件後法案支持に態度を変えたクリントン政権は法案の第三章を削り、海外投資家の接収財産使用による取引を抑止する権限を大統領に与えるという妥協を共和党側に提案したが、共和党側は大統領だけに罰則を決める権限を与えるとして妥協に応じず、政権側は前年の法案より強硬な内容の法案を通すこととなった。

 また審議においても下院で共和党のソロモン、ドーラン、ファンダ_バーグ、キム、ギングリッジの強固な保守主義者の五議員が「私はヨーロッパが何をしようと気にしない…わが国は正しいことをするべきである」というドーラン議員の発言に代表されるように単独行動主義的発言をしている。

 さらに、法案の中の、今までの制裁の成文化により、大統領が自由裁量で制裁を解除できないこと、第四章の解除権限が大統領にはないことなどは政権に対する議会共和党の不信、党派対立を表している。

4.CANFの影響

 ヘルナンデスの証言と議会での賛成派の議論を比較すると法案の海外投資家のキューバへの投資の抑制、カストロとの妥協の否定という目的や、国益のため第三章は国際法違反でないとする点が共通しており、認識の一致が見られる。

 また、フロリダ州選出のグラハム議員はテレビ、ラジオ・マルティを通じたコミュニケーションを支持する発言を行い、法案にもカストロ政権により妨害され、毎年予算打ち切りの動きがある、テレビ・マルティをVHFから妨害されにくいUHFに替える条項が入っている。 

 テレビ・マルティに対する拠出問題はその設立当初から議論されており、拠出反対派はテレビ・マルティがカストロ政権によって妨害されているために資金が無駄になっているとして拠出停止を試みてきた。1991年には下院の充当小委員会において、また92年には下院本会議で拠出停止が承認されたが、そのつどフロリダ州選出議員、特にファセル、フロリダ州選出元下院議員の反対により拠出が復活している。また92年のテレビ・マルティに対する拠出停止を求める修正に対し、フロリダ州選出の下院議員19人のうち18人が反対しており、CANFの影響が明らかになっている。その後も反対派と賛成派の間で論争は続き95年にはフロリダ州選出のディアス・バラート議員が拠出停止に反対し、ニュージャージー州選出のスミス議員が拠出停止の修正を覆す修正を提案するなど、フロリダ、ニュージャージー両州の議員はテレビ・マルティへの拠出を確保するために動いている。

 このような経緯を踏まえると、存在意義について長年論じられてきたテレビ・マルティをUHFに変える条項が法案に含まれていることは、ラジオ、テレビ・マルティの設立を成果とし、その存続を働きかけてきたCANFの法案に対する影響力の大きさを表している。

 さらに、反対派の議論において下院で民主党リベラル派のランゲル、セラーノ議員は対キューバ政策が少数のマイアミ右派亡命キューバ人に動かされているなど、CANFを指してその影響を非難する議論を行っており、議員の間でのCANFの影響力が法案を動かす存在として認識されていることが分かる。

四.CANFの活動とその影響

_ 経済制裁2法の要因比較とCANFの活動

 前章まででトリセリ法の成立要因が_冷戦終結による状況変化、_1992年選挙であり、ヘルムズ・バートン法の要因が_キューバによる撃墜事件、_1996年選挙、_共和党多数派議会の保守化、単独主義化であることを明らかにしたが、本章では異なる状況下でのCANFの活動とその影響力を明らかにする。

 2法成立時のCANFの活動としては_公聴会における証言、_選挙時の献金、集票活動が挙げられ、さらにヘルムズ・バートン法成立時には政権との断絶を受け、議会への働きかけに重点を移し、特に共和党保守派を取り込むことで、両院で法案を通過させている。

  1. 公聴会での証言、情報提供

 1992年から1996年にかけて前理事長マスと会長のヘルナンデスは1992年3月18日、8月5日、10日、95年2月23日、5月2日、6月14日に上下両院の外交問題委員会、国際関係委員会の公聴会でトリセリ法経の支持、制裁強化の支持、政権の移民政策転換、ヘルムズ・バートン法への支持、についてそれぞれ証言を行い制裁強化を訴えており、この証言により一議員がトリセリ法支持へと態度を変えるなど、効果が見られる。また、前理事長マスは92年3月にロシアの外相と会談し、ロシア兵のキューバからの撤退とキューバへの支援の打ち切りを確認し、この情報を公聴会において議員に伝えることで、トリセリ法への支持の根拠を固めている。 

_政治資金による影響

1.政治献金

 無党派・非営利の研究所であるThe Center for Responsive Politicsの報告によれば、1979年1月1日から2000年12月3日の22年間でThe Free Cuba PACはキューバ系アメリカ人から約167万ドルの献金を受けこのうち約130万ドルが政治献金にあてられ、56%が民主党に渡っている。

 また、民族PACの中で比べると1989年から2000年においてキューバ系アメリカ人PACは親イスラエルPACについでThe Free Cuba PACなど3つで75万3524ドルの献金を行い、全米第2位の規模を誇っており、その58%が民主党、42%が共和党に渡っている。また、キューバ系PACの総献金額の99%がthe Free Cuba PACによる献金であり、このPACの資金力を表している(表1)。

 個人献金についてはPAC 委員長でCANF理事のドミンゴ・モレイラとその家族が37万216ドル、CANF創始者で前理事長のマス・カノサ、現理事長で息子のマス・サントスとその家族は36万4670ドルCuban American FoundationCAF)理事長のホセ・コスタとその家族は11万6064ドルを民主、共和両党におよそ同等に献金しており、PACと合わせてCANF関係者の資金力の大きさを表している(表2)

 次に献金受益者と対キューバ政策との関係を無党派・非営利の研究所であるThe Center for Public Integrityの調査を基に分析すると、1979年1月1日から1996年10月16日までのCANF関係者とPACによる献金受益者は順にキューバ系アメリカ人でフロリダ州選出のレーティネン下院議員で12万3249ドル、トリセリ法提案者のニュージャージー州選出トリセリ上院議員で11万8900ドル、フロリダ州選出ホーキンス元上院議員で7万8300ドル、フロリダ州選出ファセル元下院議員で7万4823ドル、キューバ系アメリカ人でニュージャージー州選出メネンデス下院議員で7万2218ドル、フロリダ州選出マック元上院議員で7万1252ドル、キューバ系アメリカ人でフロリダ州選出ディアス・バラ_ト下院議員で6万8483ドル、サウス・カロライナ州選出ホリングス上院議員で6万5350ドル、ヘルムズ・バートン法の提案者のノース・カロライナ州選出ヘルムズ上院議員で6万1697ドル、フロリダ州選出ペッパー元下院議員で4万9250ドルとなっている(表3)。

 この中ではフロリダ州選出の現職、元議員が6人、キューバ系アメリカ人議員が3人おり、彼らは制裁強化を支持してきた。

 また、フロリダ州選出でも、キューバ系でもない民主党員のトリセリ議員は92年のトリセリ法提案者であるが、89年には対キューバ制裁の一部緩和の法案を共同提案し、その後態度を変えていることから制裁強化の支持と献金の関係を最も表している。

 さらに、マック元議員はトリセリ法を防衛権限法の修正条項として盛り込み、成立させており、ホーキンス元議員はラジオ・マルティ創設を提案している。ペッパー元議員はキューバのアンゴラ派兵に対しアメリカによるアンゴラの反政府軍援助を禁止した修正の撤廃を提案し、ホリングス元議員はテレビ・マルティ設立の共同提案者であり、ファセル元議員はその設立を働きかけている。ヘルムズ議員はヘルムズ・バートン法の提案者であり、ディアス・バラ_ト、ロス・レーティネン議員はテレビ・マルティを妨害されにくいUHFにするよう働きかけ、メネンデス議員はヘルムズ・バートン法を強く支持し、クリントン大統領に指名されて国連人権委員会に代表として赴き、キューバ非難決議を提出している。

 以上のように、献金と受益者の対キューバ強硬政策推進には強い相関が見られ、献金に関しCANFとPACは党派に関わらず対キューバ強硬政策支持者に献金を行っている事が分かる。

2.マイアミでの政治資金集め

 PACによる献金と合わせて、CANFは対キューバ強硬政策を支持する政治家、大統領候補等をマイアミに招き、CANF理事宅でのパーティーや昼食会の開催を通して政治資金を提供している。

 92年4月にはクリントン大統領候補がマイアミを訪れ、トリセリ法支持を表明後、CANF主催の昼食会で27万5千ドルの資金を受け、95年4月にはヘルムズ議員がマイアミを訪れ、CANFが求めるキューバの海上封鎖を支持し、この際に7万5千ドルを受けている。さらに、トリセリ議員もPAC委員長のモレイラの自宅に招かれ、政治資金集めのパーティーが開かれている。               

_ 政治動員力

 1992年のトリセリ法成立時、1996年のヘルムズ・バートン法成立の要因とされる、選挙時のキューバ系アメリカ人の動員力について本節で考察する。

 アメリカにおけるキューバ系アメリカ人の人口は2000年の国勢調査によれば123万2736人で全米総人口の0・4%となり、メキシコ系、プエルトリコ系についでヒスパニックでは3番目に大きい民族集団である。キューバ系アメリカ人人口が最も多いのはフロリダ州で、全人口の5・2%の83万3120人であり、全米のキューバ系人口のおよそ67・6%にのぼる。ニュージャージー州のキューバ系人口は総人口の0・9%の7万7337人となっている。フロリダ州とニュージャージー州の大統領選挙人票は40となり、2州での人口集中がその影響力の源となっている。キューバ系アメリカ人はカストロ政権から逃れてきた政治移民という性格上、反共主義を掲げた共和党の支持傾向が強く、特に反共産主義、反カストロを強く主張したレーガン政権の強固な支持者となり、一九八八年選挙で投票したキューバ系アメリカ人のうち74%が共和党員であった。

 トリセリ法、ヘルムズ・バートン法時の大統領選挙を分析すると、1992年大統領選挙においていち早くトリセリ法支持を表明したクリントンはキューバ系アメリカ人が多く住むデイド郡を47対43で獲得したものの、デイド郡のキューバ系アメリカ人票の82%はブッシュに投票しており、フロリダ州全体についても39対41でブッシュが獲得している。

 さらに、CANFがクリントン政権と断絶した後の1996年選挙においては共和党ドール候補が当初からヘルムズ・バートン法支持を表明したのにも関わらず、クリントンがデイド郡を57対38、フロリダ州全体も48対42・3で獲得し、過去20年で初めて民主党がフロリダ州を獲得した。しかし、キューバ系が集中するデイド郡のリトルハバナではドール候補が61対36とクリントン票を上回っている。

 このことから、大統領選においてはキューバ系アメリカ人の共和党支持傾向が強く、民主党大統領に対する動員は弱いことが分かる。

 しかし、議会選挙においては党派に関係なくCANFは制裁強化支持者を支援し、反対派を落選させるよう活動している。その例として、コネチカット州選出共和党ヴィッカー元上院議員を、カストロと私的に対話したことから対立候補の民主党リーバーマン議員に資金提供を行い落選させたことが挙げられる。その後リーバーマン議員は制裁強化二法を支持し、CANFの献金受益者の上位に入っている。

 また、制裁強化の強固な反対派であるニューヨーク州選出のランゲル議員は審議の中で、予備選挙での対立候補の選挙資金の85%がマイアミからのものであると述べており、選挙におけるCANFの影響力が現れている。

_ 共和党保守への働きかけ

 ヘルムズ・バートン法の審議においては、前年の政権による移民政策の転換によりCANFの政権に対する影響力が弱まったため、CANFは議会への働きかけを強め、共和党保守派の取り込みを図った。

 キューバ系アメリカ人による献金は95_96年にかけて最大となり、強硬保守であり法案提出者のヘルムズ議員は総献金額の74%を95_96年に受け取っており、共同提出者である強硬保守派のバートン議員と共に法案成立後の献金額は大幅に減少している。

 また、法案の作成に際しCANF理事のイグナシオ・サンチェスがヘルムズ議員に助言を行い、提出後の4月にはマイアミでヘルムズ議員を招いた政治資金集めのパーティーを行い、働きかけている。

 法案審議においては94年当選組で保守傾向が強いとされる下院新人共和党議員73名のうち、95年では欠席1、反対1を除く71名が賛成し、共和党全体で227対4の圧倒的支持を得ており、96年には新人議員のうち欠席2名を除く71名全員の賛成と共和党全体でも226対0という支持を得ており、92年のトリセリ法審議における下院共和党の137対24という数字と比べると94年以降の共和党の保守化に伴うCANFの議会への働きかけは成功したと言える。

 議会選挙においては党派に関わらずCANF支持者を支援し、反対派を落選させるよう、対立候補への資金提供を行い、特に対キューバ政策に関わる外交関係委員会、国際関係委員会などに属する議員に積極的に献金を行うことで支持を取り付け、影響力を行使している。 

 さらに大統領に対してはその対立候補の法案への支持を得ることで制裁強化法への支持に圧力をかけている。92年においては政権との密接な関係もあり、政権の法案への支持を取りつけたが、96年においては政権との断絶により、撃墜事件まで支持は得られず、ここに政権に対するCANFの影響力の限界が現れている。しかし、政権との断絶を受けて行った共和党保守派の取り込みは成功し、95年、96年共に下院共和党の圧倒的多数の支持を得て法案は通過しており、CANFの議会に対する影響力の大きさを表している。

おわりに

 これまで経済制裁二法の成立過程と要因、二法へのCANFの影響について述べてきた。  

 一章では冷戦下での対キューバ政策がキューバをアメリカの脅威とみなした封じ込め政策であり、冷戦後の状況変化とキューバ経済の低迷によっても封じ込め政策は維持されたこと、そこに最大のキューバ系アメリカ人団体CANFの影響があり、CANFは歴代政権と密接な関係にあったことを明らかにした。二、三章ではCANFの公聴会での証言、議会の議事録を基に法案成立の要因がそれぞれ冷戦後の状況変化と92年選挙、撃墜事件・96年選挙と議会の保守化であり、また賛成派議員とCANFとの議論の一致、CANFが推進する政策が法案に盛り込まれていることなどからCANFの影響力が明らかとなった。また四章では制裁二法成立にむけたCANFの具体的な活動を述べ、献金と受益者の対キューバ強硬政策支持の間に強い相関関係があること、CANFが党派に関わらず対キューバ強硬政策支持者を支援し、反対派を落選させるよう働きかけることで議会での影響力を維持していること、また政権との断絶後には、議会に働きかけ、共和党保守派を取り込むことで法案通過を成功させたことを述べた。

 以上のことから、CANFがトリセリ法成立に重要な役割を果たし、ヘルムズ・バートン法成立時は撃墜事件が直接要因とはいえ、草案の作成から関わり、法案の議会通過を成功させたことが明らかとなった。

 少数派の民族利益団体が影響力を持つことは内政においては見られてきたが、外交においては稀でありまた更なる問題を含んでいる。すなわち、外交政策が少数派の影響を受けることで他国との関係を含め広い視野から国益に沿った外交政策を行うことが困難となる。実際に経済制裁二法成立後はアメリカの孤立化、同盟国との関係悪化という弊害が見られ、法案により大統領の外交権限が制限されたことで、その指導力が疑われ、他国との交渉においての障害となっている。

 また少数派の民族利益団体であるCANFの台頭は冷戦後のアメリカ政治における変化を反映している。すなわち、冷戦後の国際情勢の変化に伴い外交政策の基本方針が定まらない状況において、94年以降の共和党保守派の台頭と、議会と政権との対立により外交に対する議会の影響力が増したことで、少数派の民族利益集団が外交政策に対する働きかけを行う

機会が増え、影響力を行使しやすくなったと言える。

 二法成立後、制裁強化への支持は減り、規制緩和を求める世論の高まり、キューバ系アメリカ人の中での穏健派増加等によりCANFが強い影響力を維持することは困難となったが、制裁二法成立におけるCANFの影響力は以上のように重要な問題を提起している。

参考文献

一次資料

Chronology of Cuban Affairs 1958-1998.

http://usembassy.state.gov/posts/cu1/wwwh0017.html

US Elections 1979-2000-“.

The Center for Responsive Politics

 http://www.opensecrets.org/pubs/cubareport/summary.asp

http://www.publicintegrity.org/squeeze_statement.html

 http://www.state.gov/www/regions/wha/cuba/democ_act_1992.html

 http://thomas.loc.gov/cgi-bin/query/z?c104:H.R.927.ENR:

・全国のキューバ系人口

 http://www.census.gov/Press-Release/www/2001/tables/dp_us_2000.xls

 http://www.census.gov/Press-Release/www/2001/tables/dp_fl_2000.xls

 http://www.census.gov/PressRelease/www/2001/tabes/dp_nj_2000.xls

二次資料

Republic,1994.10.3. p.20-23.

Louis Despio. Counting on the Latino Vote-Latino as

a new electorate

(Charlottesville: University of Virginia.1996)

Gaeton Fonzi, ”Who is Jorge Mas Canosa?” Esquire January 1993.p.86-89,119-122.

Anthony Lake, “ Confronting Backlash States,” Foreign Affairs 73, no.2 (1994)

War. (Washington, D.C.: The Woodrow Wilson Center Press, 2000)

表1 Total Contributions by Ethnic and Foreign Policy PACs, 1989-2000

Ethnic PACs

No, of PACs

Total Contributions

Dem Pct

GOP Pct

Pro Israel PACs

67

$16,764,973

69%

31%

Cuban-American PACs

3

$753,524

58%

42%

Albanian-American PACs

2

$292,391

28%

68%

Armenian-American PACs

3

$163,605

71%

29%

Lebanese-American PACs

3

$148,850

59%

41%

Greek-American PACs

5

$115,188

76%

24%

Italian-American PACs

3

$95,573

96%

4%

出所:The Center for Responsive Politics

表2 Top Cuban-American Donors, 1979-2000

Rank

Name

Total

To Dems

To Repubs

To Cuba PACs

To Other PACs

1

Estrada

$725,310

$697,000

$22,810

$500

$5,000

2

Cejas

$411,606

$404,656

$5,950

$0

$1,000

3

Moreira

$370,216

$96,531

$154,185

$117,500

$2,000

4

Mas

$364,670

$118,120

$177,250

$64,300

$5,000

5

Diaz-Verson

$262,193

$202,266

$59,727

$0

$200

6

Amos

$241,025

$64,425

$144,350

$0

$32,250

7

Portes

$180,750

$180,750

$0

$0

$0

8

Mannerud Verble

$173,097

$172,097

$0

$0

$1,000

9

De la Cruz

$136,320

$74,550

$60,270

$1,500

$0

10

Torano

$122,005

$119,105

$2,400

$250

$250

11

Suarez

$118,750

$31,350

$32,750

$47,150

$7,500

12

Costa

$116,064

$39,640

$39,974

$34,950

$1,500

13

Medina

$115,560

$109,010

$4,550

$2,000

$0

14

Pino

$111,750

$23,950

$74,350

$5,450

$0

 

Total

$3,447,816

$2,332,450

$778,066

$273,600

$63,700

出所:The Center for Responsive Politics

表3 Top Recipients of Money from the Free Cuba PAC and from Leaders of CANF

Rank

Name

Total

1

Ileana Ros-Lehtinen, R-Fla

$123,249

2

Robert Torricelli, D-NJ

$118,900

3

Paula Hawkins, R-Fla

$78,300

4

Dante Fascell, D-Fla

$74,823

5

Robert Menendez, D-NJ

$72,218

6

Connie Mack, R-Fla

$71,252

7

Lincoln Diaz-Balart, R-Fla

$68,483

8

Ernest Hollings, D-SC

$65,350

9

Jesse Helms, R-NC

$61,697

10

Claude Pepper, D-Fla

$49,250

11

Bob Graham, D-Fla

$43,550

12

William Gunter, D-Fla

$39,000

13

Dan Burton, R-Ind

$37,650

14

Joseph Lieberman, D-Conn

$36,489

15

Larry Pressler, R-SD

$32,000

16

Neal Smith, D-Iowa

$31,400

17

Rudy Boschwitz, R-Minn

$29,050

18

Larry Smith, D-Fla

$27,100

19

Alfonse D'Amato, R-NY

$24,000

20

Peter Deutsch, D-Fla

$23,146

21

Edward Kennedy, D-Mass

$21,803

22

Carrie Meek, D-Fla

$21,800

23

Orrin Hatch, R-Utah

$19,270

24

Robert Kasten, R-wis

$18,500

25

Frank Lautenberg, D-NJ

$18,100

出所:The Center for Public Integrity